★イブのキャンドルサービスでは、ベルトルト・ブレヒトの「マリア」という詩を読みました。
初めての出産は凍てつく夜。
でも、あとになってマリアは忘れてしまった
痛みの中でで見上げた天井の梁におりた霜も
かまどの煙も
後産の苦しさも
けれども、もっとすっかり忘れてしまったこと
それは、貧しさゆえに、一人きりになれなかった恥ずかしさ。
それだからこそ、のちにこのことを記念する宴に
あらゆるものが集うことがゆるされた。
羊飼いたちの荒っぽい話し声は静まり
彼らは物語のあとのほうで王になった。
冷たい風は天使の歌に変わり
霜が入りこんだ屋根の穴からは、一つ星だけがこちらを見ていた。
こうしたことすべての源は彼女の息子。
息子はやさしい顔で、
歌を愛し、
貧しい者を自分のもとに招いた人。
王たちと共に座し、
夜は頭上に一つ星を仰ぐ、
そんな習慣をもっていた人。
(D・ゼレ、L・ショットロフ『ナザレの人イエス』より)
クリスマスの祝いにあらゆるものが招かれるのは、マリアさんがイエス様が生まれた晩の寒さも、貧しさのために一人きりになれなかった恥ずかしさも忘れてしまったおかげ。そしてそれは、王たちと座しながら、貧しい人を招き、頭上に一つ星を仰ぐ習慣を持っていた彼女の息子のおかげ。
★クリスマスの出来事は、凍てつく寒さの夜、貧しさのなかで起こりました。でもこの晩始まった出来事は、いまも続いていて、わたしたちに、この世界に生きることの厳しさを乗り越えて、希望を持ち続ける力を与えてくれます。だから、わたしたちはこのクリスマスの晩から、また新たに、この世界の厳しさの中で生きている人と出会い、共に希望を見つけ出す歩みへと踏み出していきます。
★聖書のクリスマス物語を読むと、いつも不思議に思うことがあります。羊飼いたちは出かけていって、「飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当て」て、そうして「見聞きしたことが天使の話した通りだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った」と書かれています。羊飼いたちは飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を見つけて、この上なく「喜んだ」ということです。また、東方の占星術の学者たちは、「東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった」のを見て、「喜びにあふれた」と書かれています。なんで、飼い葉桶に寝かせてある赤ちゃん、何の力も持たない、この世界を変えることが出来るなんてとても思われない小さな赤ちゃんを見つけ出したというただそれだけのことなのに、これほどまでに喜ぶことができたのでしょうか。わたしたちに分かることは、羊飼いたちは「夜通し羊の群れの番をして」、夜の闇に目を凝らしていたということ、占星術の学者たちも、夜空の暗闇に目を凝らして、星を探していたということだけです。
★わたしたちは、闇に包まれたこの世界の外から訪れる光を、自分の力でもって「これこれこうだから、これがわたしたちを照らす光だ」という理屈でもって、見ることはできないということです。わたしたちに出来ることは、羊飼いたちが飼い葉桶に寝かされた乳飲み子を探して、夜の暗闇の中に出かけていったように、占星術の学者たちが星を追い求めて旅に出たように、その現実ただ中に、人間同士の〈出会い〉と〈関わり合い〉を求めて出かけていくことです。そしてそのようなわたしたち人間同士と共に生きようとする〈出会い〉と〈関わり〉の中から、不思議にも、わたしたちにとって喜ばしい出来事が生まれてくるのです。
アドベントのろうそくにともしびが3本ともされた、この礼拝に招いてくださり、感謝いたします。
今この光に照らされて、自分自身を省みます。
わたしたちは、あなたのくださる救いの約束を、
自分たちだけの喜びとしてはいないでしょうか。
今も外には寒さに震える人がいます。
不安に脅かされている人がいます。
わたしたちはかたくなで、あなたに対して、隣り人に対して心を閉ざし、心を凍りつかせています。
わたしたちは、自分がしたことと、しなかったことによって罪を犯し、あなたを悲しませる者でした。
どうかわたしたちが扉を開き、御子と共にあなたの与えてくださる隣人を、喜んで迎えることができる者とならせてください。
司式者 どうか今、わたしたちをあなたのもとへと立ち帰らせてください。
愛を与えてください。
闇を照らす光、わたしたちの主イエス・キリストのみ名によって祈ります。
アーメン。
(日本聖書神学校刊『礼拝の詞1』を参考にしました。)
アドベントのろうそくにともしびが2本ともされた、
この礼拝に招いてくださり、感謝いたします。
今この光に照らされて、わたしたちの生きる世界を省みます。
わたしたちは、あなたがくださった平和を忘れ、自分の力、自分の豊かさのみをもとめ、ほかの人、ほかの命のことを考えませんでした。
わたしたちは互いに排除し合い、より弱い立場にある人を犠牲にしてしまいました。
わたしたちの罪のゆえに、いま世界は争いで満ち、
わたしたちは自分たちの生きるべき道を失おうとしています。
どうか今、わたしたちをあなたのもとへと立ち帰らせてください。
平和を与えてください。
闇を照らす光、わたしたちの主イエス・キリストのみ名によって祈ります。
アーメン。
(日本聖書神学校刊『礼拝の詞1』を参考にしました。)
アドベントのろうそくにともしびが1本ともされた、
この礼拝に招いてくださり、感謝いたします。
今この光に照らされて、あなたの愛を思います。
あなたはわたしたちを約束へと招き、どもまでもその約束に忠実なかたです。
しかしわたしたちはあなたを忘れ、あなたに背を向け、さまよい歩くものでした。
それゆえ、わたしたちの世界は闇に閉ざされています。
混沌と不信がわたしたちの間で力をふるっています。
自分たちの歩みにわたしたちは心をとざし、そのままにしています。
わたしたちが闇を闇として知り、混沌を混沌として認めることができるよう、あなたの光で照らしてください。
どうか今、わたしたちをあなたのもとへと立ち帰らせてください。
希望を与えてください。
闇を照らす光、わたしたちの主イエス・キリストのみ名によって祈ります。
アーメン。
(日本聖書神学校刊『礼拝の詞1』を参考にしました。)