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日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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5月12日の週報コラム「ひだり手」

熱狂でも、無関心でもなく


★先週は、テレビをつければ5秒に一度は「令和」という言葉が連呼され、あたかも全世界が改まったかのようなお祝いムードが報じられました。一方、5月3日は憲法記念日でしたが、一部の人たちを除いては、そこで憲法のことが顧みられた様子はありません。一方にお祭り騒ぎやお祝いムードには熱狂が沸き起こり、しかし他方では現実の国や社会のありように対しては無関心が覆っているのが、いまのこの国のありようではないかと思います。

★熱狂と無関心は正反対のふるまいのように思えますが、実は表裏一体です。いずれもが現実を見えなくさせ、やがて人の命を奪うことへと行き着きます。キリスト教もしばしば熱狂に冒されてきました。ヨーロッパの中世の十字軍という熱狂。異端審問という熱狂。その中で多くの人たちが虐殺され、宗教改革の時代には、カトリックもプロテスタントも「異端」を殺すことに熱狂しました。その後、大航海時代以降はアジアやアフリカの地域を植民地とするのと並行して「世界伝道」の熱狂の中で、現地の人々がもともと信じていた宗教を弾圧し、やはり多くの人の命を奪いました。

★20世紀、人々は戦争に熱狂し、何千万という人が命を奪われました。21世紀に入っても、2001年9月11日の同時多発テロを発端として、アフガニスタン、イラクでの戦争の熱狂がありありました。わたしたちはいまも、そんな熱狂の余波の中で生きているのかもしれません。そんな熱狂に巻き込まれたくないという思いから、この世の事柄に無関心になる人もいますが、でも無関心は結局、熱狂による暴力を野放しにし、容認することにしかなりません。熱狂の渦に巻き込まれるのでなく、しかし無関心に陥ってしまうのでもない生き方が求められるのではないでしょうか。



by oji-church | 2019-05-16 14:17 | 牧師からのメッセ-ジ