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日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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4月28日の週報コラム「ひだり手」

「おはよう」

〈すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。〉(マタイによる福音書28章9節)。

★復活されたイエス様が出会った女性たちに、最初に発した言葉は「おはよう」でした。「復活」という驚くべき出来事の中で、「おはよう」と言うのは、なんとも間の抜けた言葉です。ですが、わたしはこの「おはよう」という普通の言葉になんだか心引かれるのです。「おはよう」って言ってみて下さい。そのときどんな顔をしているでしょうか。泣いた顔や、怒った顔で「おはよう」って言えるでしょうか。このとき、イエス様はどんな顔をしていたか、思い浮かべてみるのです。それはきっと笑った顔ではないでしょうか。復活したイエス様は、笑った顔で「おはよう」と言ったのです。

★なぜ、笑っているのでしょうか。それは、イエス様だけじゃない、いまも苦しい気持ちや、悲しい気持ちや、痛む心を抱えている人たちと一緒に、イエス様も苦しく、悲しく、痛い思いをしたから、じゃないかと思うのです。つらい思い、苦しい思い、悲しく、痛い思いというのは、決して楽しいことではないでしょう。でも、そういう思いをすることで、誰かのそばにいることが出来たなら、それはイエス様にとっては嬉しいことだったのかもしれません。

★聖書にはこんな言葉があります。「今泣いている人々は、幸いである。あなたがたは笑うようになる」。「幸い」というのは「幸せ」ということ。いま泣いている人が幸い、幸せなわけがないと思います。でも、今泣いている人の、その悲しい気持ち、苦しい気持ち、痛む気持ちのすぐそばに、イエス様が、同じ悲しい気持ち、苦しい気持ち、痛む気持ちをもって、でも、笑いながら「おはよう」と呼びかけて、一緒にいてくれる。そういうことを、聖書はわたしたちに伝えようとしているのだと思います。


by oji-church | 2019-04-30 10:36 | 牧師からのメッセ-ジ