日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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9月9日の週報コラム「ひだり手」

「目には見えないかんじんなこと」(1)

〈六日の後、イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。〉(マルコによる福音書9章2節)

★イエス様が、弟子のペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られ、そこでその姿が変わるという場面です。山のてっぺんに登ると、やがて自分よりも上に見えるのは空だけになります。聖書では、空、天というのは神様のいるところとされています。ですから、山に登るというのは、神様に会いに行くということなのです。
★なぜイエス様がここで山に登ったのかは語られていません。この前の場面で、イエス様は弟子たちに「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と繰り返し尋ねています。ペトロはすぐさま「あなたはメシアです」と優等生的な答えをしますが、イエス様はそれを「誰にも言うな」と戒めています。その後でペトロはイエス様から「サタンよ、引き下がれ」とまで厳しく叱られているところを見ると、イエス様はこのペトロの答えに納得していないようです。
★山に登るとは神様に会いに行くということだとすると、こんなことを想いえがくのです。もしかすると、イエス様自身でも、自分が「何者なのか?」分からないところがあったのではないかと。自分が「何者」なのかよく分からないけれども、自分がこれから進んでいく道は、聖書に語られているように、「必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され」てしまうような、辛く厳しい道であることが予感される。それで、イエス様は「わたしはいったい何者なのでしょうか?」、そう神様に尋ねるために、山に登っていった、神様に会いに行ったのではないかと。(つづく)
by oji-church | 2018-09-12 09:37 | 牧師からのメッセ-ジ