日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

礼拝予定などをお知らせします。まだまだひよっこのブログですが、コメントを残していただけるとうれしいです。


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降誕節第4主日
1月21日(日)午前10時30分
説教「未来からの家族」
大久保正禎牧師

【聖書】マルコによる福音書3章31~35節
【讃美歌】24.487.452.419.65-1.92-3.
【招詞】イザヤ42章1~3節
【詩編交読】116編1~7節

by oji-church | 2018-01-18 12:13 | 全体のお知らせ
「空の鳥を、野の花を見なさい」

〈空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。……野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。〉(マタイによる福音書6章26~29節)

★新しい年が明けましたが、わたしたちの生きる世界にはあまり明るい兆しが見えません。一部の力持つ人たちが、テロや隣国との紛争の危機感を煽り、人々を、自分に都合のよい同じ一つの方向に向かせるように操作する、そんな見えない圧力がわたしたちの上にのしかかるかのようです。その先にあるのは、わたしたちが一つの大きな塊(かたまり)とされて、自分や隣人の命や生活を犠牲にして顧みなくさせられる「戦争」というものです。
★イエス様が「〈空の〉鳥を見なさい」「〈野の〉花を見なさい」と言っていることに気付きました。〈空〉は神様が創られた〈天〉であり、〈野〉は神様が創られた〈地〉です。イエス様の時代のガリラヤでは、空と言えばどこまでも何も無く広がっているものでしたし、野と言えば、これもまた広く青々と広がって地平線を見渡すことが出来るものでした。そのどこまでも広がる空の中を鳥は舞い、どこまでも広がる野の中に小さな花が咲いています。じゃあ、その鳥は、その花は孤立していただろうか。決してそうじゃない。神様が創られた広い広い天と地によってつなぎ結ばれて、この空と大地に生きている他の鳥、他の花と共に生かされています。
★この空全体がびっしりと鳥に埋め尽くされ、それらが全部ピッタリとくっつき合わせられて巨大な一つの鳥の塊となってしまったら、あるいは、この広い野が一つの花だけでびっしりと埋め尽くされて、それが全部ピッタリとくっつき合わせられて、巨大な一つの花の塊になってしまったとしたら、鳥も花も最早生きられなくなってしまうでしょう。わたしたち一人ひとりの間には隙間が必要です。(つづく)
by oji-church | 2018-01-18 12:12 | 牧師からのメッセ-ジ
「正月最良のすごし方」

★年末年始、家族が出払ったのをいいことに、「おひとりさま」の正月最良のすごし方を思案しました。結果、大晦日池袋の書店に行き、普段読みたいと思いつつ読めずにいた本を3冊購入。①カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』②中島岳志『親鸞と日本思想』③ハンナ・アーレント『人間の条件』。
★元日朝から3冊を脇に居間のソファに座り順繰りに読んでいきます。1冊を1時間程キリのいいところまで読んだら次の本。こうすると疲れず飽きずに読み続けられます。それぞれジャンルが違うのがいいようです。元日は一日読書三昧。2日午前中は第2週に控えた諸々の委員会・役員会の準備。午後は人に誘われ外出。3日も昼間は仕事に費やしたので本当の読書三昧は元日だけでしたが、楽しい正月でした。
★読んでいて一番楽しいのは①。ファンタジー仕立ての小説の中、人間の「記憶」をめぐり、各々違った、あいまいな「記憶」を携えた異なる人間同士が、加害/被害の歴史の上に立って、共に生きていくことの困難と意味を考えさせられます。②は戦前、『歎異抄』に著された親鸞の信仰がブームとなり、それが著名な作家や宗教家によって、「日本民族」を称揚する国粋主義に結びつけられ、やがて政府の主導するファシズムに接続されていく様を描き出します。キリスト教において戦前・戦中ファシズムに接続した「日本的基督教」の形成過程と驚くほどよく重なります。③は読むのに至極難儀する本ですが、②との関連で言えば、人間がなぜ、自由を奪い生命や生活を破壊する「右へならえ」のファシズム(全体主義)になだれ込んでしまうのか、それを人間存在の根本から考察した本です。「自分はそんな『右へならえ』になだれ込みはしない」と思っている「普通の人」こそが、社会の構造的変化の中で知らず知らずのうちに飲み込まれてしまう恐ろしさを感じさせられます。世界全体がそのような趨勢(ポピュリズム)に向かっているいま、読むのは大変ですが、本当はしっかり捉えられなければならない本だと思います。
by oji-church | 2018-01-10 10:06 | 牧師からのメッセ-ジ
「想いを贈る」

★クリスマスが来ると思い出す絵本があります。『しんせつなともだち』という絵本。雪の降る夜、こうさぎが食べ物を探しに出かけて、カブを二つ見つけて帰って来ます。こうさぎは一つを食べて考えます。「ゆきがこんなにふって、とてもさむい。ろばさんはきっとたべものがないでしょう。このかぶをもっていってあげましょう」。ろばの留守宅にうさぎはカブをおいて帰ります。食べ物を探しにでかけていたロバはさつまいもを見つけて帰って来ます。家に置かれたカブをみてろばは考えます。「「ゆきがこんなにふって、とてもさむい。やぎさんはきっとたべものがないでしょう。このかぶをもっていってあげましょう」。ろばはやぎの留守宅にかぶを置いて帰ります。食べ物を探しにでかけていたやぎは、はくさいを見つけて帰って来ます。家に置かれたカブをみてやぎは・・・。カブはうさぎからろばへ、ろばからやぎへ、やぎからしかへ、次々と受け渡され、真夜中、うさぎが目を覚まして枕元を見ると・・・。
★どの動物も、「ゆきがこんなにふって、とてもさむい。~さんはきっとたべものがないでしょう」と、誰かのことを想い描き、贈り物を届けます。「おもう」という漢字は二つあります。「思う」と「想う」。「思」の「田」は人の頭を表し、自分の頭の中だけで考えていることを表します。「想う」の「相」は、人が向き合っている様を表し、自分以外の誰かを想い描くことを表しています。
★ルカによる福音書のクリスマス物語には三人の博士は登場せず、黄金・乳香・没薬の豪華プレゼントもありません。出てくるのは貧しい羊飼いと、飼い葉桶に寝かせられた乳飲み子。羊飼いのもとに天使の声が響きます。「天には栄光、神にあれ。地には平和、喜びの人々に」。神様はこの世に生きるすべての命ある者を想い描き、すべての命ある者に平和をもたらす光を贈ります。照らされた羊飼いたちは、名前も知らない「飼い葉桶に寝ている乳飲み子」を想い描き、見つけるために出かけてゆきます。神様がすべての命ある者の平和を想い描き、羊飼いたちが飼い葉桶に寝ている乳飲み子を想い描く。それがルカのクリスマス物語の二つの贈り物なのでしょう。
★クリスマスの出来事の奥底には、「想い」を贈る。神様から人へ、人から人へ。そんなプレゼントが秘められているようです。
by oji-church | 2018-01-03 11:12 | 牧師からのメッセ-ジ