日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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「人間」にへりくだる(2)

★(承前)わたしたちが「謙遜の美徳」とか「へりくだり」という言葉でもって思い浮かべるのは、立派な人の姿です。でもイエス様が人間として生きる中で向かっていったのは「立派な人間」になることではなく、立派でない人の姿を受けとめ、自分自身も立派でない人間の姿をさらすことでした。パウロが呼びかけている「へりくだり」とは、そのように人と触れあい、立派でない人の姿を受けとめ、自分自身の立派でない人間としての姿をさらすことなのではないでしょうか。自分も立派な人間ではない、そのことをさらけ出して初めて、立派でない人の姿を受けとめることができるのです。わたしたちは誰もが「立派でない」という共通の人間性を持っているのです。わたしたちは自分自身の「立派でない」人間性と、自分以外の人の「立派でない」人間性とがむしろわたしたち人間同士を出会わせ、結び合わせ、共に生きるようにさせる大切な結び目なんだということに、まだまだよく気づいていないのかもしれません。
★「へりくだり」とは、頭で考えて「謙虚な、立派な人間」になることではなく、「オレも人間だよ!」と叫ぶ心に頭を触れ合わせ、互いに「オレも人間だよ!」と叫び合っているお互いの「立派でない」人間性を出会わせ、結び合わせ、共に生きるようにさせていくことなのでしょう。そのようにしてわたしたちが本当に「人間になっていく」ことなのでしょう。時間もかかることだし、苦しいことでもあるかもしれませんが、そんな「人間になっていく」道を、わたしたちは一緒になって見つけ出してゆきたいものです。そのことをこそ神様は喜ばれるにちがいありません。なぜならそれはキリスト・イエスにも見られることですから。
by oji-church | 2015-09-30 17:34 | 牧師からのメッセ-ジ
「人間」にへりくだる(1)

〈キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。〉(フィリピの信徒への手紙2章6~8節)。
★しばしば謙虚な人に出会ってすがすがしい気持ちになり、「自分もこうなりたい」と願って努力をします。けれどもしばらくするとこんな気持ちがわき起こってきます。「オレだってニンゲンだよ!」。ここでわたしの謙虚さへの努力は失敗し、水泡に帰します。
★イエス様はへりくだって、神と等しい者であることにしがみつかず、自分を無にされます。それはとてもスゴイことです。ところがその後を読むと不思議なことに気づかされます。へりくだったイエス様が向かった先はどこかと言えば、「人間と同じ者になる」ということです。イエス様の「へりくだり」の目標点・到達点は「人間になる」ということでした。では果たして「人間」とは、「へりくだり」の失敗した場所なのだろうか、それとも「へりくだり」の目標点なのでしょうか。
★イエス様は人間として生きる中で多くの人と触れ合いました。とりわけ、貧しい人々、病いやしょうがいを負っている人、差別を受けている人、そういう人たちと触れ合って、そういう人たちに手当をして、食べ物を分かち合い、元気づけることをしました。その一方で、そのように人と触れ合おうとせず、ただ自分の地位や富や力や自分の救いだけを守ることに汲々としていた権力を持つ人たちを厳しく批判しました。それでイエス様は権力を持つ人たちから憎まれて、陥れられ、ついに十字架に掛けられて殺されることになりました。イエス様が人間として生きる中でやろうとしたのは、つまりは「人と触れ合う」ということだったのではないかと思います。その果てにイエス様は十字架にかけられて殺されました。(つづく)
by oji-church | 2015-09-24 09:41 | 牧師からのメッセ-ジ
戦後70年の「おわび」(2)

★(承前)それだけではありません。例えば韓国との関係で言えば、日本は1965年に韓国政府と「日韓条約」を結んで、これによって日本の韓国に対する戦後賠償の問題は「すべて解決済み」という姿勢を、日本政府はとり続けてきました。しかしこれは、当時の韓国の軍事政権との間で、日本政府がいわば「手打ち」にしたもので、そこには実際に日本の戦争の被害に遭った人たちの声は届いていませんでした。その後、韓国人被爆者、強制連行によってサハリンに連れてこられ、敗戦後、日本によって置き去りにされたサハリン残留朝鮮人、朝鮮人BC級戦犯として処刑された人たち、そして「従軍慰安婦」とされた女性たち等、償われていない戦争の被害を訴える人たちが声を挙げるようになりましたが、日本の政府は一貫して「補償問題は解決済み」と木で鼻を括ったような対応を続けています。そういう日本の政府を戦後、形作ってきてしまった責任がわたしにはあり、そういう戦争以後のいろいろな問題について、わたしはアジアの国々の人たちに「おわび」しなければならない責任を負っています。
★でも「おわび」をするのであれば、一つ一つの問題の解決に取り組まなければなりません。問題が解決していないのに、「おわび」だけで事足れりとするのはゴマカシにすぎません。「おわび」は、戦争の時に行ったことのみならず、戦争後も今日まで、戦争で傷を受けた人たちのその痛み、苦しみの多くを、他人事のようにして放置してきてしまった、そのことへの「おわび」です。そうして「おわび」をするからには、その痛み、苦しみの一つ一つに向き合って、癒す働きを少しずつでも進めていかなければなりません。簡単なことではなく、時間の掛かることでしょう。今日まで70年の時があったのですが、わたしたちはそれに取り組んでくることができませんでした。そのことを「おわび」した上で、今からでも、一つ一つの事柄、一人一人の人の戦争によって受けた傷と苦悩に向き合って、傷を癒す働きをしていかなければならないと思うのです。
by oji-church | 2015-09-09 16:37 | 牧師からのメッセ-ジ
戦後70年の「おわび」

★日本の首相による戦後70年の談話の中で、「侵略」や「反省」、「おわび」といったキーワードに触れるかどうかが注目されてきました。わたし自身はあの戦争は間違いなく侵略戦争であったし、それに対してわたしたち日本人は痛切に反省しなくてはならないと思います。ただ「おわび」ということについては、自分自身に引きつけて考えたとき、わたしがあの戦争の罪を「おわび」するべきなのかなあと、正直なところ少し違和感を感じてもいました。わたし自身はあの戦争が終わってから24年経って生まれました。テレビのニュース番組で大学生など若い人たちが自分たちの「戦後70年談話」を作ろうという特集でやっていました。そこでもやはり若い人たちが「おわび」という点について議論していました。「自分たちが直接関わっていないことに対して『おわび』していても前に進むことができない。自分たち若い世代はもっと『未来志向』で考えるべきだ」という人もいました。「未来志向」という言葉は今の日本の政府も使っています。
★それでも、すぐさま「未来」に目を向けてしまうことにも、何となくためらいを感じます。わたし自身は1969年、日本の高度成長のまっただ中に生まれました。日本にとっての戦争は終わっていましたが、周囲のアジアの国々はどうだったかと言えば、中国では共産党と国民党の内戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争と、なお戦争がうち続いていました。日本は「朝鮮特需」という言葉があったように、それら周囲のアジアの国々の戦争の陰で、経済成長を謳歌してきました。そのただ中にわたしは生まれました。かつて日本の行った戦争には直接関わってはいませんが、その戦争の後、日本の戦争によって引き起こされたアジアの混乱に乗じる形で日本は経済発展を遂げてきました。わたしはそのただ中で生まれて、その恩恵を十二分に受けて生きてきました。しかしそういう日本の発展の陰に置かれた、かつて日本が侵略したアジアの国々に生きる人々の苦悩をほとんど知らずに生きてきました。そういう責任がわたしにはあります。(つづく)
by oji-church | 2015-09-02 12:56 | 牧師からのメッセ-ジ