日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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「世の罪を取り除く子羊」

〈その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ。」〉(ヨハネによる福音書1章29節)

★ヨハネはイエス様のことを「世の罪を取り除く神の子羊」と呼びます。「罪」とは聖書のギリシア語では「的外れ」という意味の言葉です。神様に向かって人間がかみ合っていない、向き合っていない、的外れな方を向いてしまっている有様を指しているのです。
★いまわたしたちの周囲の世界では、国同士がかみ合わず、向き合わず、それぞれに的外れな方を向いて、互いに相手を非難し合うような有様になっています。その中で隣国の「脅威」に備えて軍事力を高めよう、そのために外国の行う戦争に参加できるようにもしよう、国家にとって不都合な情報は秘密にし、それを知らせようとする者は厳しく罰することができるようにしよう、憲法も変えて紛う方無き軍隊を持つようにもしよう、とそんな動きが高まっています。これは正しい動きでしょうか。
★神様がいのちの造り主だとすれば、その神様に対する的外れとはすなわちいのちに対する的外れです。いまわたしたちの住まう国がそこへと向かおうとしている方向は、いのちに対する的外れではないだろうか。いのちを奪うための軍事力でもっていのちを守ろうというのは、いのちに対する的外れな振る舞いではないかと思うのです。そういう的外れな有様を正すのは、強い軍隊でもないし、経済的な繁栄でもなく、「神の子羊だ」と聖書は訴えます。「子羊」、それはちっちゃな、弱々しい存在です。でも、世を「罪」から救う、的外れな状態から救うのはそのちっちゃな弱々しい「子羊」だと言うのです。どういうことでしょうか。恐らくこういうことではないかと思うのです。この世の本当の姿は強く、高い所に自分の身を置いたところからは分からない。この世の本当の姿は、弱く小さな立場から見るときになって初めて分かるものです。
by oji-church | 2013-11-27 16:49 | 牧師からのメッセ-ジ
「いまから百年前に」

★11月12日に用事があって群馬県館林市にある「足尾鉱毒事件田中正造記念館」を訪ね、帰りには渡良瀬遊水地にも立ち寄りました。渡瀬遊水地は、足尾の鉱毒被害にが東京に及ばないために時の政府が鉱毒被害を渡良瀬川流域にいわば「押し込める」目的で作ったものです。この地にあった谷中村は、村民が強制移転させられ、遊水池に沈められることになりました。
★谷中村が遊水池の候補に挙がると、鉱毒問題に取り組んできた田中正造は1904年(明治37年)谷中村問題に専念するために谷中村に移り住み、1913年(大正2年)に谷中村支援の資金調達に奔走する中に倒れ没するまでの9年間、強制撤去の「辛酸」(正造の言葉)に見舞われる谷中村に関わり続けます。正造ははじめ、村民の「百人中九十九人」が鉱毒の害を忘れて、解決すべきは「水害」だと思い込み、水と毒の区別を知らないばかりか、「社会上の義務と権利」の何たるかも知らない(小松裕『田中正造』より)有様に憤慨し「谷中の事ハ自業自得」とまで言って、谷中村民に批判的でした。
★1907年(明治40年)8月25日、谷中村は大洪水に遭い、残っていた村民の仮小屋(家は既に政府によって破壊されてしまっていました)は流されてしまいます。正造は高齢の残留村民の身を案じて舟を出して村民の救出に向かいました。ところが村民は意外にも「何れも仮小屋の中に小舟を浮かべ、あるいは木につかまって激浪に揺られながら、案外平然としていた」(島田宗三『田中正造翁余録』)のです。その村民の姿に接して正造は、それまで自分が村民に対して「教えてやる」「聞かせてやる」という姿勢で、村民から「学ぶ」「教えを受ける」「聞く」姿勢がなかったことを悟るのです。このことが転機となって、田中正造は単に鉱毒被害に取り組まない政府を批判するだけでなく、「自然の解決ハ天の業ならざるなし」「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」といった深い経験的な思想を生み出していくことになります。まったくそのまま、現代の原発による放射能汚染被害の有り様と重なります。
by oji-church | 2013-11-20 09:48 | 牧師からのメッセ-ジ
「『覚える』ということ」

〈わたしがあなたがたに伝えたことは、わたし自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。〉(コリントの信徒への手紙一第11章23~24節)

★11月3日、教会では天に召された信仰の先達を覚えて「召天者記念礼拝」を行いました。「~を覚えて」という言い方は、もしかしたら教会特有の言葉遣いかもしれません。「~のことを思って」というくらいの意味で使っているのでしょう。しかしキリスト教ではこの「覚える」という言葉には、それ以上の意味が含まれています。
★わたしたちはイエスという人について聖書を通じてしか知ることはできません。それは二千年前に遠い異国で書かれた記録で、読んだからと言ってすぐに分かるものでもありません。イエス様を「覚える」ことはたやすいことではありません。
★二千年の時を経てわたしたちがいまここでイエスを「覚える」ことができるのは、この二千年間、人から人へとイエスのことが語り伝えられてきたからに外なりません。二千年間の時を経てイエスのことが現代のわたしたちに伝えられるまで、どれだけ多くの人の口を経てきたか測り知れません。そのほとんどの人はすでにこの世を去った人たちです。最初の人がイエスのことを次の人に伝え、その人は世を去り、次の人はまたその次の人にイエスのことを語り伝え、そしてその人も世を去り、そのようにしてイエス様のことが二千年を経た現代のわたしたちにまで語り伝えられてきたのです。わたしたちがイエス様を覚えるということは、計り知れない程多くの人の命を経て受け継がれてきたものを、わたしたちが受け取るということを意味しています。
★教会で語られる「覚える」という言葉の内には、そのように命から命へと受け継がれてきたものをわたしたちが受け取り、そしてまた、わたしたちの後の時代世代に引き渡していく、そういう働きが含まれているのです。
by oji-church | 2013-11-12 09:07 | 牧師からのメッセ-ジ
「肩書きのない声」

〈ヨハネは、預言者イザヤの言葉を用いて言った。「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。『主の道をまっすぐにせよ』と。」〉(ヨハネ福音書1章14節)

★ヨハネは自分はただ「声」であると言います。「主の道をまっすぐにせよ」と叫ぶ「声」。自分はメシアでも、エリヤでも、預言者でもない。立派な肩書きなど何一つない。裸一貫のただの人間だ。だから、ユダヤの支配者たる人たちをしのぐ権限など何も持っていない。けれどもわたしの後から大いなる人が訪れる。自分はその人を指し示す役目を神様から示された。だから声を上げて、わたしはその人を指し示すのだと。ヨハネはそう答えたわけです。
★ヨハネによる福音書が書かれた時代、当然イエス様の姿形はこの世にはありません。信仰を宣べ伝えていくためには、ただ言葉によって、声を上げて、イエス様のことを語り伝えていくしかありません。しかし当時キリスト教はユダヤ教当局から迫害を受け、またローマ帝国当局からも目を付けられていました。声を上げれば連行され、訊問され、拷問に掛けられることもあったでしょう。そういうユダヤ当局やローマ当局をしのぐ権限は、クリスチャンたちは何も持っていませんでした。裸一貫で社会に放り出されています。だけれども信仰を持っていくために、彼ら・彼女らは声を上げたのです。「主の道をまっすぐにせよ」と。そういうこの当時のクリスチャンたちの姿が、この洗礼者ヨハネの姿には二重写しになっています。
★それから二千年の時を経て、現代にわたしたちは生きています。わたしたちもまた信仰を持っていくためには、言葉によって、声によってそれを告げ知らせ、またそれを受け止めていくより他ない時代に生きています。でもわたしたちは何の権限も社会に対して持っていない弱く小さな存在です。でも聖書が語るのは、神様が裸一貫に人間こそが神様について、イエス様について、証ししていくべきものだということです。特別な地位や肩書きを持つ人だけの仕事ではないのだ、ということ。
by oji-church | 2013-11-06 09:29 | 牧師からのメッセ-ジ