日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

礼拝予定などをお知らせします。まだまだひよっこのブログですが、コメントを残していただけるとうれしいです。


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「日々順調に問題だらけ」

★ある人がこんなことを言っていたのがとても印象に残っています。「教会は、問題が何もない天国ではなくて、問題が持ち込まれる場所だ」と。まったくその通りだと思いました。そして十数年牧師をやってくる中で、わたしが実感しているのは、教会はその持ち込まれた問題をスッキリ解決してくれる便利な場所でもない、ということです。
★牧師に成り立ての頃、問題を解決してあげるのが牧師の仕事だと思い、様々な人の問題に関わっていきました。しかし多くは失敗に終わりました。人の問題に関わることが間違いと言うのではありません。そこに、人の問題を解決してあげて感謝されたい、とか、問題をすっかり解決してスッキリしたい、といった心持ちがないかどうか。それこそが問題なのです。
★イエス様の生き様を思い描いてみます。確かにイエス様は多くの人の病いをいやしました。しかしその結果、イエス様の周りには人間的な軋轢や摩擦がすっかり解決されて無くなったかといえばその逆です。イエス様の歩みはむしろ、敵が増えていく中を進む歩みでした。弟子たちもまた最後には、イエス様のもとを去っていってしまいました。十字架の上でイエス様は自分をあざ笑う者に取り囲まれ、まったく孤独でした。結局イエス様は、最終的には人間同士の摩擦や軋轢をすっかり解決はできないまま、むしろその矛盾を一身に背負って傷つき果て、世を去っていったのです。
★振り返ってみれば、わたしたちの人生の歩みは本当は、日々問題だらけです。でもその問題を誰かに押しつけて、「平和」を味わうこともできます。いまわたしたちが経験している原発事故とその影響を考えれば、そのことはよく分かると思います。わたしたちは放射能という厄介なものを原子炉に閉じ込め、それを地方の人の少ない場所に押し込めてきました。東京ではそこで作られた電気を使って幸せを享受し、その幸せを誇るかのように煌々と夜が照らし出されています。しかし今となって見れば、放射能は噴出する機会を今か今かと待ち受けていたかのようです。
★信仰の道を歩むとは本来、問題から解放されることではなく、わたしたちが本当は抱えている様々な問題と正直に向き合い、それらの問題がすっきり解決されなくても、様々な問題の中を生き通し、歩み通されたイエス様だけを頼みの綱として生きることなのでしょう。「日々順調に問題だらけ」の歩みは、イエス様が共におられるという福音でもあるのです。
by oji-church | 2012-04-26 12:00 | 牧師からのメッセ-ジ
「もう一度、たちあがる」

★聖書で「復活」と訳されているのは「アナスタシス」という言葉です。「アナ」は「もう一度」、「スタシス」は「立つ」という意味です。ですから聖書の「復活」という言葉には、「もう一度、立ち上がる」という意味が込められているのです。
★聖書ではイエス様の復活は死人の「蘇生」としては語られていません。語られているのは圧倒的に、もう一度立ち上がったイエスとの「出会い」としての「復活」です。もう一度立ち上がったイエスとの出会いを通じて、弟子たちもまた、もう一度立ち上がっていくのです。こうして出会いを通じての「立ち上がり」が人から人へと伝わる様子を聖書は語ります。
★人生の中では様々な挫折や失敗や失望を経験します。その中でやがて〈あきらめ〉が人生の基調となっていくことがあります。自分一人の〈あきらめ〉ならまだいいのですが、〈あきらめ〉もまた伝染するように思います。〈あきらめ〉が〈あきらめ〉を呼び、人と人との間に冷たい空白が支配しているのが今のわたしたちの周辺の空気ではないでしょうか。
★そうした〈あきらめ〉の空気を打ち破って、イエスはわたしたちと出会うために、もう一度、立ち上がるのです。
by oji-church | 2012-04-11 15:41 | 牧師からのメッセ-ジ
「いわきを訪ねて」

★26日から27日にかけて福島県のいわき市を訪ねてきました。いわき市は現在、原発事故による放射能被害から避難してきた人たちで3万人ほど人口が増えていると言います。これまで誰も経験したことの無かった、いつまで続くのか分からない避難生活とその受け入れという事態によって、人間関係にかかわる様々な問題が生じていることを知らされました。
★子どもの健康を思ってお母さんと子どもたちは県外に避難しても、お父さんは仕事があるために残らなければならず、家族の分断が起こっています。また将来子どもへの差別を心配して福島を離れる人もいるとのことです。他の市町村から避難し、仮設や借り上げ住宅に住む人には支援が届きますが、もともといわき市に住んでいる人への支援が見えてこない。そのことでいわき市民といわき市外から来た人との間に軋轢が生じているとのこと。もともと産業が低迷し、雇用が厳しい中での事態に先行きへの不安が拡がっているようです。どのように支援ができるか、大きな宿題をいただいてきました。
by oji-church | 2012-04-11 15:40 | 牧師からのメッセ-ジ
「闇に抗して」

★三月八日付の毎日新聞に東日本大震災の被災地となっている市町村の首長のアンケート記事が載っていました。中でも印象に残ったのは、福島第一原発に隣接する双葉町町長の言葉でした。「憲法二五条(生存権)が守られていない。末端行政が最大の犠牲者である。国は広い権限と金を直接渡してほしい」。
★日本国憲法第二五条には「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と書かれています。この条文の根本には、人間は誰もがそのいのちを愛され守られて生きるべき存在であるという、いのちに注ぐまなざしが置かれています。
★このことがあえて憲法に記されて確認されているということは、人間の社会には、このことに反対する力が働く時があるということを表しています。人のいのちを愛さず、守ろうとしない力。それは戦争・差別・抑圧等、いろいろと挙げることができるでしょう。それはわたしたち自身の内側、心の中にある闇の力とも言えます。でもわたしたちはその闇の力に抗する社会を作っていくのだという決意がこの憲法の条文には刻まれているのだと思います。
by oji-church | 2012-04-11 15:39 | 牧師からのメッセ-ジ