日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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「心の内部被曝」(2)

★わたし自身、釜石で瓦礫を運んでその集積場に行ったことがありました。途方もない量の瓦礫です。案内してくださった市の担当者は約12年分の廃棄物が一気に出た計算だと言っていました。他の自治体に協力してもらわなければ、とても釜石市だけではまかなえないとも。集積場から帰る車の中でその方は、自分は阪神淡路大震災の時に何もしなかったのに、大勢の人たちが釜石にこうして助けに来てくれて言葉がないとおっしゃていました。そのときには、瓦礫の広域処理にまさか反対の声が湧き起こるとは思ってもいなかったでしょう。
★汚染されているかもしれない瓦礫は被災地で何とかしてくれ。自分の近くには持ってこないでほしいというのは、沖縄に米軍基地があるのは仕方がない。でも自分の近くには持ってこないでほしいというのと似ている気もします。米軍基地ならば、皆が「やはり軍隊など要らない」と決断することで無くすることができますが、放射能は一度環境に出てしまえば無くすることはもはやどうひっくり返ってもできません。その一方で、小さな子どもたちを少しでも放射能から守りたいという気持ちも大切にしていかなければなりません。そのためにはなるべく放射能のある場所を広げないことも大事です。そう考えるとどうしたらいいのだろうかと考え込んでしまうのです。
★あの震災から一年。最初は、突然理不尽な苦難に直面した隣人を思って助け合う関わり合いが生まれましたが、時が経つ中で、同じくいのちを大切に思う気持ちを抱えながら、意見の食い違い・すれ違い、それによる対立や摩擦がいろいろな場で浮き彫りになってきています。その多くは原発事故さえなかったら生じなかったものです。そういう意味で私たち自身が、知らず知らずの内にやはりあの原発の事故の影響に、心を蝕まれているのではないか。「心の内部被曝」という言葉にピンときたのです。わたしたちは誰もが実は、知らず知らずのうちに「心」を被曝しているのではないか。
★心の被曝に気づかないで人間同士が対立を深めていけば、わたしたちは自分自身を蝕んで、いっそう人間の自滅を早めることになるでしょう。そうならないために、わたしたちはお互いの言葉によく耳を傾け、とりわけ被災された人たちとよく出会い、そのいのちと生活によく触れて、それを自分自身のこととして大切にしてゆくのでなければなりません。
by oji-church | 2012-03-21 18:03 | 牧師からのメッセ-ジ
「3月11日によせて」

★「あの日」から1年が経ちました。大地の揺れを受けて心も揺れに揺れた1年だったように思います。その揺れはいまも続いています。
★被災地と東京の間を繰り返し行き来する中で、その環境の落差に気持ちが落ち込み行き惑う日々も経験しました。被災地では外部の情報はほとんど入ってこず、目の前の人の言葉にひたすら耳を傾け、目の前の事柄にひたすら取り組み、夜が来れば眠る生活を送りました。
★いままた東京で「情報の洪水」にさらされながら、そのうちのあるものを捨て、あるものは拾い、パソコンを相手に文章を書いたり、書類をまとめる日々を送っています。しかしこれが〈ほんとう〉の〈生活〉なのか、考え込みます。
★ある方の文章からマザーテレサのこんな言葉を教えられました。「私は一般大衆を(自分の果たすべき)責任の対象と見なしたことは一度もありません。私は個人を相手にします。私は同時に一人しか愛せません。同時に一人にしか食べさせることはできないのです。対象はつねにひとりなのです」。
★被災地では微力な「ひとり」として、「出会わされたひとりと向き合う」「与えられたひとつのことに全力で取り組む」ことを教えられました。「情報の洪水」の中、「ひとり」と出会う「ひとり」であることを忘れないようにしたいと思います。
by oji-church | 2012-03-14 14:26 | 牧師からのメッセ-ジ
「心の内部被曝」(1)

★「心の内部被曝」。これは林尚志さんというカトリックの神父さんが近頃出された『石が叫ぶ福音~喪失と汚染の大地から』という本の中に出てきた言葉です。林神父がこの言葉でもって語られていることと、わたしがこれからお話ししようとすることとは少しずれるのですが、しかし、あの東日本大震災から間もなく一年が経とうとする今、わたしが何となく感じていることを「心の内部被曝」というその言葉は、うまく言い表してくれているように思いました。
★被災地の瓦礫の処分を各地の自治体で分担するということがニュースなどで話題になっているのを見られた方もおられるでしょう。東京でも瓦礫を引き受けることになり、恐らく北区の処分場にも持ち込まれることと思います。しかしその瓦礫に放射能が含まれているのではないかと不安を抱く人たちがあり、ある自治体では瓦礫を受け入れることに反対する市民がデモを行っている様子、担当大臣がその人たちに説明をしている様子なども映されていました。わたしが関わっている市民の平和グループの人からも電話が掛かってきて、瓦礫の分担には反対していきたいということをおっしゃっていました。それで何だかとても複雑な気分に陥ってしまったのです。(つづく)
by oji-church | 2012-03-07 13:43 | 牧師からのメッセ-ジ