日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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「弱さと柔らかな心」

★被災地である岩手・釜石を三度往還し、今度また釜石に向かいます。今度は1週間の滞在です。行くたびに、その前後に奇妙な感覚を味わうことに気がつきました。まず第一に、被災地での電気もガスもなく、それゆえテレビも点かず、ただ目の前のことに全身を、とりわけ頭よりも体を使って集中して取り組む生活と、東京に戻ってきて情報があふれており、自分自身も机の前に座っていろいろと振り返って整理して、情報を発信する生活との間の狭間に落ち込んでしばらくぼんやりしてしまうということがあります。
★釜石を発って東京に戻る時には、なんだか後ろ髪を引かれるような気分になります。今お話ししたようなテレビなどの情報が無い分、目の前にして出会う人との出会い、触れ合いが濃密なものとなります。教会の前に立てたテントの中に座っていても、前を通る人に「おはようございます」「こんにちは」と声を掛けます。時にテントに入ってきて話し込む人もあります。身近で人の亡くなった人も多くおられ、そんな痛切な話、その気持ちを、そこで初めて出会った人の口から語られ、じっと耳を傾けることもあります。そんな濃密な、暖かな人との触れ合いから立ち去っていくことの後ろめたさが、後ろ髪を引くのかもしれません。
★でも東京に戻ってきてしばらくしてからもう一度被災地へ行くということになると、今度は、あの多くの人が命を奪われ、残された人たちが深く深く傷つけられている場所へと赴くことへの恐れ、といいますか、重みが肩にのしかかって来るような気がして、気が重くなります。
★その中で、結局そんな自分自身の「弱さ」を抱えながら被災地へと赴くことが実は大切なのではないかと思い至りました。開かれた柔軟な心さえあれば、「弱さ」はいつでも人を支える手となりえます。「神様、柔らかな心を授けてください」という祈りを胸に、釜石へ行ってきます。
by oji-church | 2011-05-28 11:11 | 牧師からのメッセ-ジ
「東京・福島・釜石」

★4月中は、釜石と東京とを行ったり来たりする生活が続きました。釜石では電気がなお通らず、それゆえテレビもインターネットを見ることなく、新聞も配達されまず、ひたすら目の前のことに集中することを求められる生活です。
★一方、東京に戻ってくると、情報があふれかえり、その中から意味ある情報を見つけ出し、そこに自分を結びつけていくことを求められます。そ
★東京では原発の事故についての情報が連日取りざたされており、インターネット上では、原発に反対する運動が次々と広がっています。釜石では、テレビも新聞も見ることのできないため、地震から一ヶ月近く経ってもなお、原発の災害のことをまったく知らない被災者とも出会いました。外から来たボランティアの間でも、原発の問題はほとんど話題に上りません。その間の狭間に挟まれて、立ち往生してしまっているのが、このところのわたしです。
★それにしても政府が小中学校の屋外活動の放射線限界量として年間20ミリシーベルトを基準としたことには怒りを禁じ得ません。それまで年間1ミリシーベルトを基準とすると言っていたのを覆して一気にそれを20倍に引き上げました。内閣官房参与の一人は「年間20ミリシーベルト近い被ばくをする人は原子力発電所の放射線業務従事者でも極めて少ない。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と主張して辞任しました。
★福島県下55校のうち20ミリ以上2校、10~20ミリが51校。基準を厳しくすると当てはまる学校が多すぎるという「政治的配慮」が働いたとしか思えません。
★釜石と東京都は、福島第一原発を挟んで、いずれもおよそ250キロの距離。その間の情報の格差もすごく気になるところですが、何よりも現在は福島の子どもたちの生命を守ることを思わずにはいられません。
by oji-church | 2011-05-12 13:43 | 牧師からのメッセ-ジ