日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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「あなたがいてくれて」

《神はわたしに、どんな人をも清くない者とか、汚れている者とか言ってはならないと、お示しになりました。》(使徒言行録10章28節)

★先々週、日本基督教団の部落解放全国会議という大きな集まりが東京でありました。わたしはその運営に携わっていて大わらわでしたが、久しぶりに人の温かみに触れるよい交わりを経験することができました。
★「東京には被差別部落はない」という建前の下で、差別を無くする取り組みが目に見える形でなされることは東京であまりありませんでした。しかし、江戸期以来東京では食肉や皮革に携わる被差別部落が存在し、その中で差別と闘ってこられた方々の闘いと解放の歴史もあります。それに学ぶことを通じて、人間にとって本当に大切なことは何なのか、ということを考えることができます。
★「木下川解放こども会」で出している『よみがえった黒べえ』という絵本には、農村で死んだ牛が部落の人々の手によって馬の鞍やロウソクや肥料や薬に活用される様子が描かれます。しかしその仕事に携わる人を差別する人間の有様も語られます。この絵本の後書きに子どもの感想文が載っています。「これからは、わたしたちのためにはたらいてくれている人や、死んでいるどうぶつたちにもっとかんしゃしたいと思います。そして、そのことを、もっとみんなにしってもらって、さべつをなくしてほしいです」。
★解放とは、福音とは、この子が語るように、お互いに出会う命に対して、その存在を「よい」ものとして感謝できることではないでしょうか。わたしたちは今なおその途上にありますが、一度でも、お互いの存在に対して「あなたがいてくれてありがとう」と言うことが出来れば、その喜びに押し出されて、わたしたちは前進することができます。
by oji-church | 2010-06-26 14:13 | 牧師からのメッセ-ジ
「労苦に敬意を持って」

《シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。》(マルコによる福音書1章30~32節)

★イエス様はシモンのしゅうとめのそばによって、彼女の手を取って、起こされたと書かれています。何気ないこの仕草に「なおしてやる」という姿勢はなく、むしろ彼女の苦しみ、苦労に敬意を持って、そこに触れてその痛みと重みを分かち合おうとする姿勢が感じられないでしょうか。本当に必要なのは「人の病気を癒してやれる」という能力ではなく、人の労苦に対する敬意と愛おしみを注ぐ姿勢ではないかと気づかされます。
★「癒す」という言葉、テラペウオーというギリシア語は、テラポーン=「仕える者、下僕」という言葉に由来しています。そこから病気の人に仕える、つまり看病するという意味になりました。もとは「癒してやる」という特別な能力を表す言葉ではなく、仕える、看病するという、人間の苦労のこもった言葉なのです。
★そんな具合に、この場面はイエスが人の病気をすっかり見事に「癒してやる」というような華々しい場面ではなく、最初から最後まで、人間が生きることの苦労が通底音として響き続けている場面として読むことができます。
★こうして互いの労苦に対して敬意を持ち、愛おしみを注いで受けとめ合う出会いとつながりを目指して、イエスはこう言われたのではなかいでしょうか。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出てきたのである」。そのために出かけてゆくものでありたいと願います。
by oji-church | 2010-06-16 15:38 | 牧師からのメッセ-ジ
「なま身の神の子」

《あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。》(ローマの信徒への手紙8章15節)

★最近出された『イエスの父はいつ死んだか』という本の中で、聖書学者の佐藤研さんはこのように書いています。「イエスはその公の登場まで、決して天にいたわけでもなく、隠遁していたわけでもなく、また恵まれた上流階級にいて世間を観じていたわけでもない。明日、明後日の糧を得るべく、日々の仕事に精を出し、父なき後の母を慰め、家族を支えていたのだろう」。
★一方わたしたちが「神の子イエス・キリスト」と言って思い描く姿は、ほとんどの場合、現代の文化・風俗の中でわたしたちが「神の子」という思いこみに従って描き出した姿ではないでしょうか。でももしそうなら「神の子」は、イエスでなくてもいいということにならないでしょうか。「いかにも神の子」と思えるような、神々しい人物を思い描いて、救ってもらえると思っていればいいのです。
 昨今教会の伝道の不振が叫ばれる中で、教会は社会の問題には関わらず伝道に集中すべきという意見があります。しかし教会が人と出会い触れ合う中で直面する、生身の人間がそれぞれに抱える悩みや重荷、教会の置かれた場所の抱える課題や矛盾、そういうものに触れること無く伝道が成り立つでしょうか。「いかにも」という形は整えるられるでしょうが、そこに人を生かす命は宿るでしょうか。
★聖書が呼びかけるのは「いかにも神の子」を創り出して、それを崇めることでははなく、「アッバ(お父ちゃん)!」と叫ばざるを得なかった一人の生きた生身の人イエスに踏みとどまって、この人こそが「神の子」なのだということです。
by oji-church | 2010-06-11 10:35 | 牧師からのメッセ-ジ
「立ち上がる生命の広がりへと」

《神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。実が熟すと、早速、鎌を入れる。収穫の時が来たからである。》(マルコによる福音書4章26~29節)

★イエスは、「徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう」と言われる。ユダヤの社会の最底辺に置かれた人々が立ち上がって神の国に入る。イエスは神の国というものを、そんな人が低みから立ち上がっていく、生命力溢れる命の営みとして考えていたのではないかと思うのです。
★ガリラヤの農民たちの生活は、ローマ帝国とエルサレムの神殿による二重の年貢に苦しめられ、それを納めるために土壌を酷使することも相まって、度重なる不作、それによって引き起こされる飢饉に始終脅かされる過酷なものでした。
★しかしそのただ中でイエスは敢えて言うのです。「人が種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長する」。確かに日々の生活は苦しいが、なお農民たちは畑に種を蒔き続けました。すると確かに種は芽を出し成長します。種自身が自らの生命力でもって立ち上がっていく命の営みです。苦しい農民たちの生活のすぐ傍らに、それでもなお生命力溢れて立ち上がっていく命があるではないか。その命の営みをイエス様は「神の国」として指し示すのです。
★教会の成長とは、何か内側と外側とを区切って、その区切りを広げていくことではなく、空に向かって伸びていく種の生命力に目を見はったイエスのまなざしをもって、この世界の命の営みのつながり、広がりへと、日々新たに目を見はっていくことではないかと思うのです。
by oji-church | 2010-06-05 14:59 | 牧師からのメッセ-ジ

発見!! スカイツリー

先日、教会のそばの交差点で、ふと遠い空を眺めたら・・・。
なんと飛鳥山のその先の空に、
あのスカイツリーのてっぺんを見つけてしまいました。
ほとんど、この交差点の一点からしか見えませんが・・・。
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by oji-church | 2010-06-03 18:25 | みちばたの教会