日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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「地に平和を、暗闇に座す者に平和を」

《高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く》(ルカによる福音書1章79節)
《いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ》
(ルカによる福音書2章14節)


★クリスマスおめでとうございます。クリスマスは、「地」=この世の低み、そして「暗闇に座す者」の平和を訴えています。クリスマスのメッセージは、これらの人々の平和に対する渇望から紡ぎ出されました。
★沖縄の普天間基地の移設問題が盛んに取りざたされています。メディアはあたかも、首相が米国と連立与党の間に挟まって立ち往生しているかのように報道しています。しかしこの問題の当事者は、米国政府と日本の連立与党なのでしょうか。沖縄の普天間に住む「普通」の人々は、辺野古に住む「普通」の人々はどこへ行ったと言うのでしょうか。メディアの中では彼らの居場所はもうすでにどこにもないかのようです。
★米大統領がノーベル平和賞の受賞演説をしました。彼は核廃絶を(「訴えた」というのはおこがましいでしょう)口にしました。メディアはそのことを賞賛します。しかし、もう一つ、いま日本で取りざたされている事柄に、米国との「核密約」があります。この密約は現在も生きており、日本の(とりわけ沖縄の)米軍基地には日常的に核兵器が出入りしていることが想像されます。事態は何も変わっていません。
★そして人の命を奪う兵器は核兵器だけではありません。ありとあらゆる兵器が、ノーベル平和賞受賞者を国のかしらにいただく国も含めて、様々な国々の軍隊によって用いられ、日々罪のない人々の命を奪っている現実は何も変わっていません。核廃絶を「口にする」だけでは、何一つ「平和」とはいえません。
★「彼らは、わが民の破滅を手軽に治療して、平和がないのに『平和、平和』と言う」(エレミヤ書6章14節)。「平和を預言する者は、その言葉が成就するとき初めて、まことに主が遣わされた預言者であることが分かる」(エレミヤ書28章9節)。
★「平和」を語ろうとするなら、この地の低みにある人々、世の暗闇に座す人々の目線から平和を求めなければなりません。聖書の語る平和は、「ローマの平和」を打ち破って、地の低みの暗闇の中に誕生した一人のみどり子のいのちが、多く小さな人々によって守られることによってもたらされる平和を語っています。
by oji-church | 2009-12-25 09:59 | 牧師からのメッセ-ジ
「聖霊が宿るということ」

《わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです》(ルカによる福音書1章47~48節)

★48節は、口語訳聖書では「この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました」です。文語訳聖書では「はしための卑しきをも顧み給へばなり」です。新共同訳、口語訳、文語訳のいずれも「卑しい女である『にもかかわらず』」という意味を込めて、「このはしため『にも』」「卑しい女『をさえ』」「はしための卑しき『をも』」と訳しています。しかし原文には、そういう意味の言葉はありません。素直に訳せば「女しもべの低さに、眼を留められた」となります。もっと言えば「女しもべの低さにこそ、眼を留められた」ということです。
★この「マリアの賛歌」は後半部分でとても力強い言葉を語ります。「主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返される」と。「身分の低い、主のはしため『にも』」と読んでしまったら、後半部分のこの力強い言葉にうまく繋がりません。神様は「女しもべの低さにこそ、目を留めてくれた」からこそ、後半部分の言葉が必然的に紡ぎ出されるのです。
★この前の場面で、マリアは「聖霊によって身ごもった」と言われます。夫を介さない受胎は、姦通を問われる危機でした。その危機の中でマリアは「低み」に立っています。その低みから力強く立ち上がる力をもたらすのが「聖霊」の働きなのでしょう。
by oji-church | 2009-12-18 13:06 | 牧師からのメッセ-ジ
「平和の君の生まれる場所」

★教会の暦は11月29日からクリスマスを待ち望む待降節(アドベント)に入りました。クリスマスは、平和について祈りを合わせる時です。
★ノーベル平和賞を受賞した米大統領はアフガニスタンに3万人の増派を決めました。ちなみに今日本で話題になっている核密約の張本人の一人たる佐藤栄作元首相も平和賞の受賞者の一人です。
★イエスの時代、「平和」と聞いてローマ帝国中の人々はある一人の人物を思い浮かべました。ローマ帝国初代皇帝アウグストゥス(オクタウィアヌス)です。オクタウィアヌスは紀元前31年、アクティウムの開戦に宿敵アントニウスを破り、内乱に終止符を打ちます。ローマの人々はこぞって彼を「平和の君」と喝采し、初代皇帝の座に据えアウグストゥス(神の人)と呼びます。
★彼はカエサルの養子でしたが、アポロンから生まれた「神の子」と呼ばれ、その誕生は「福音」とされます。お分かりでしょう。ルカによる福音書のクリスマス物語は、この初代ローマ皇帝のことをひっくり返して、飼い葉桶に寝かされた赤ん坊を「平和の君」「神の子」と呼び、その誕生を「喜ばしい知らせ」と呼ぶのです。カレドニアの将軍カルガクスは、「ローマの平和」を評して、「ローマ人は略奪を重ねて無人の野を造るとそれを平和と呼ぶ」と語ったそうです。そんな「ローマの平和」は今も続き、各地で「無人の野」を造ろうとしています。その中で飼い葉桶に生まれた「平和の君」に思いめぐらすことは、意味のないことではないでしょう。
by oji-church | 2009-12-09 13:57 | 牧師からのメッセ-ジ