日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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「問題を解決しないという生き方」

★「べてるは、いつも問題だらけだ。今日も、明日も、あさっても、もしかしたら、ずっと問題だらけかもしれない。組織の運営や商売につきものの、人間関係のあつれきも日常的に起きてくる。一日生きることだけでも、排泄物のように問題や苦労が発生する。しかし、非常手段ともいうべき『病気』という逃げ場から抜け出て、『具体的な暮らしの悩み』として問題を現実化したほうがいい。それを仲間どうしで共有しあい、その問題を生き抜くことを選択したほうがじつは生きやすい--べてるが学んできたことはこのことである。こうして私たちは、『誰もが、自分の悩みや苦労を担う主人公になる』という伝統を育んできた。だから、苦労があればあるほどみんなでこう言う。『それで順調!』」(「べてるの家の『非』援助論 そのままでいいと思えるための25章」浦河べてるの家)
★人間とつきあうという仕事をしてきて、いつもつくづく思うのは、「向いていない!」ということでした。人間一人ひとりの抱える様々な「問題」に向き合い、解決に導くだけの、自分の側の「強さ」が足りない…と、いつも思わされるのです。
★けれども、上の本を読みながら(「べてるの家」は、北海道の浦河で、精神しょうがいを負う人たちが集い、商売や町作りを行っているグループです)、改めて「コレデイイノダ」と思える気持ちを与えられました。「問題」を解決することを目指すのではなく、「問題はある。あって当たり前」という、実はわたしたち誰しもが抱えている「弱さ」を共有していくことの方が大事なのだ、ということに改めて気付かされたのです。その中でこそ、人と人との自然な結びつきが生まれてくるのです。だから自分の悩みや問題は、なるべく自分の口から語り起こすことができた方がいい。
★「べてるの家のいいところは?」と問われて、メンバーが答えたという「ぐちゃぐちゃなところ」「人間関係がドロドロしているところ」という、極めつけのアッケラカンとした答えに、問題の解決ではなくても、本当の「正解」を教えられた気がしました。(大久保)
by oji-church | 2008-02-20 09:15 | 牧師からのメッセ-ジ
「大きな口の中で」

★頸椎損傷で首から下が動かず、口で絵や詩を書かれる星野富弘さんのこんな詩があります。

いわしを 食べようと くちをあければ
いわしも くちを あけていた
いわしを 私の口に運ぶのは母
見れば その母の くちも アーンと
 大きく 開いていた。
いわしは 水から 干されたため
わたしは それを 食べるため
母は 子を思う心から
たえまなく 咀嚼を続ける“時”という
くちのまっただ中で
二人と 二匹の いわしが精一杯
くちを 開いている
ささやかな 昼めし時

★ある本で読んで、生まれて二、三ヶ月の赤ちゃんに出会うと、やってみることがあります。赤ちゃんの顔の前40センチくらいのところに自分の顔を近づけて、アーンと言って大きく口を開けてみます。すると、赤ちゃんもアーンと口を開けるそうです。だから、時におとなになっても、誰かがアーンと口を開けているのを見ると、自分も思わず口を開けてしまうそうなのです。
★人間というのは、相手の表情を自分の表情に写し取って、互いに気持ちを通わせようとする力を、赤ちゃんのときから、本能的に備えているということです。でも、そういう「共感する力」は、昨今の競争社会の中で、どんどんと失われているのかもしれません。
★聖書が語る「恵み」というのは、実はわたしたちすべて命あるものが、神様の笑みの中、アーンと開いた神様の大きな口の中に生かされているということなのかもしれません。だから、あの二人と二匹のように、精一杯口を開いて、アーンと笑うことができたらなあと思うのです。
by oji-church | 2008-02-07 09:50 | 牧師からのメッセ-ジ