日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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「希望以前のこと」

★一昨日、北支区部落解放委員会主催の狭山事件フィールドワークに参加しました。そこで狭山事件のえん罪被害者の石川一雄さんのお話を直接間近で伺うことができました。
★わたしは、石川さんのお話への感想として、「38年にも及ぶ無実の罪での獄中生活の中で、なお希望を失わず、現在に至るまで戦い続けておられる姿に、いつも勇気づけられている」ということを話しました。それに対して石川さんが答えられた言葉に、強く胸を打たれました。
★「希望を持ってと言われましたが、希望を持つ以前のことで、わたしは当然司法もえん罪ということは分かってくれるんじゃないかと、いろんな圧力があったとしても真実は一つじゃないかと。そういうことは希望以前のこととして、当然のこととして裁判は開かれるのじゃないかと確信して、信じて闘っています。悩む日もありますが、そのように確信して毎日を過ごしています」。
★「信仰を持っている」はずのわたしですが、石川さんのこの言葉から、自分自身にとっての「信じる」ということの意味を深く問われるような思いを受けました。「信じる」ということ、「信仰」というものは、石川さんが闘っておられるようなほんとうの闘いの中からこそ、わたしたちの前に立ち現れてくるものなのかもしれません。ほんとうの闘いを前にして「小さな舟」のようにふるえてしまうわたしたちですが、このような人の言葉から多くのことを学ぶことはできるはずです。身を低く、心を柔らかにして、こうした方々から多くを学んでゆきたいと思うのです。(大久保)
by oji-church | 2007-11-28 15:52 | 牧師からのメッセ-ジ
「『弱い部分』からの問いかけ」

《体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。わたしたちは、体の中のあまり価値の無いと思われる部分に、その周りに、はっきりと尊敬を向けますし、また、わたしたちの美しくない部分は、むしろ本当は美しさを持っているのです》(コリントの信徒への手紙Ⅰ第12章22~23節・一部私訳)
★教会の中では、とかく「弱さ」というと、「このわたしの『弱さ』」というように、すぐに「自分のこと」に取り込んでしまいます。そうして「わたしは罪人のかしらです」「いやいやわたしは罪人のかしらのかしらです」なんていうような言い合いに発展することさえあります。
★けれど、そういう一見謙虚に聞こえる言葉も、どこか宙に浮いているような印象を受けることがあります。むしろ教会という場所は、往々にしてそこに連なることで、「自分は特別に安らかな場所を与えられた、選ばれた人間」というような自負を育ててしまうことがあります。
★上の聖書の箇所でパウロが言っているのは、「わたしの自分の『弱さ』」ということではなく、「自分ではない誰かの『弱さ』」について語っているのではないでしょうか。その「自分ではない誰かの『弱さ』」に向かって、「尊敬を向け」、一見美しくないようにみえるその姿に、本当の美しさを見いだす心向きを養うように、わたしたちはチャレンジを受けているのだと思います。
★この「無価値と思われる部分」「美しくない部分」とは、イエスの生き様、死に様を指し示しているのかもしれません。実は、教会の多くが無視してきた世の片隅に、イエスのように生き、死んでゆく人たちがあります。その一見無価値に、美しくないように見える具体的な姿に、わたしたちは尊敬を向け、本当の美しさを見いだしていくことを求められているのでしょう。(おおくぼ)
by oji-church | 2007-11-07 16:42 | 牧師からのメッセ-ジ
 「ある日の夕暮れに」

★先日ある日の夕刻のこと。仕事を終えて2階の牧師館に戻り、妻も娘もまだ帰ってきていないのを見てからジャージに着替えて、牧師館玄関外に届いていた生協の品を取りに玄関の外に降りました。箱の上に大根が新聞紙に包んであるのをぼんやり手にとって見つめていたら、背後で「カッチャン」という小さな音。新築の牧師館の玄関はご丁寧にオートロックになっていて「カッチャン」とはオートロックの閉まる音だった。ドアノブは無情にもぴくりとも言わず、とっさにポケットを探ったのだけれど、着替えたばかりのジャージのポケットには何も入っていません。ガビーン!
★それから一時間ばかり、娘が帰ってくるまで、路地裏の暗がりに、大根を一本手にしたジャージにTシャツ姿の「ヘンなおじさん」の姿が見られました。通報されなかったのが不幸中のさいわいです。
★電灯のともった牧師館の窓辺を見上げながら、固く閉ざされた扉の前で、入ることのできる暖かい家がないことの寂しさ、つらさを、かすかにではあるけれどもしばし味わいました。家から閉めだされただけで途方に暮れてしまう自分の弱さと、そのような境遇に置かれた人の気持ちへの自分の想像力の無さを思わされました。もっと、そのことについて真剣に学ぶ必要があったのでしょう。
★結局、返ってきた娘もカギを持っておらず、どうやって入ったかは・・・ヒミツです。ちなみに家で飼っているネコは、どんなに呼んでもインターホンに応えてくれることはありませんでした。にゃー。(お)
by oji-church | 2007-11-02 17:57 | 牧師からのメッセ-ジ