日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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「風に吹かれて生きる道」

★16年前に実家を出てから、7回目の引越をしました。するとおよそ2年に1回の割合で引越をしてきた勘定になります。
★以前ある牧師さんが、若い頃、実家の農家の跡継ぎや遺産分配のいざこざに直面し、思うところあって牧師という「土地を持たない」職業に就いたということを語っておられたのを思い起こします。
★。「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。」 (マタイ8章20節)。旅空に歩んだイエス様と競うつもりは毛頭ありませんが、土地や建物といった「資産」に根付いて生きるのじゃなくて、人の情に触れ、風に吹かれて生きる、もっと自由な生き様に少しでも触れることができれば、と願います。(おっと、まだまだ箱詰めしなきゃならない荷物がありました。今日のところはこれでご勘弁)(大久保)
by oji-church | 2007-07-13 14:52 | 牧師からのメッセ-ジ
「僕が地獄に行こう!」

★最近読んだ本『イラン人は神の国をどう考えているか』(草思社)から。イランを脱出してアメリカに亡命したアーザル・ナフィーシー(最近『テヘランでロリータを読む』という本が話題になりました)という女性の文学者が、マーク・トゥウェインの『ハックルベリーフィンの冒険』を引用しながら、イランのような基本的自由の奪われた国の外にいる今、自分のような人間に何ができるのかと自問しながら、こんなふうに書いています。
★「世話になっている家の黒人奴隷ジムの逃亡を助けたハックは、逃避行の途中で捕まってしまったジムのことをあきらめるべきかどうか思い悩みます。ハックは、もし自分が日曜学校に行っていたら、『ぼくがあの黒んぼにしたようなこと(奴隷を逃がすようなこと)をした者は、地獄の火に永遠に焼かれるってことを教わっていたはずだ」とわかっています。ところが、彼の心はそうした“道義”筋からの脅しに反発します。彼は、『昼も夜も、月夜の晩も、嵐の日も、いっしょにおしゃべりをしたり、歌を歌ったり、笑ったりしながら川を下った』ときのジムの姿が目に浮かびます。『だが、どの場面を思い出しても非情になれないどころか、その反対だったような気がした』のです。ジムの友情、あたたかさを思い出し、奴隷ではなく一人の人間としての彼を思い出すとき、ハックは『よーし、こうなったら、ぼくが地獄に行こう!』と決心します」。
★友のために、「よーし、こうなったら、ぼくが地獄に行こう!」との決心は、イエスがなした決心に重なるものでしょう。聖書がわたしたちに勧めているのは、自分が地獄の火に永遠に焼かれないようにと自分を守ることよりも、他者のために「こうなったら、僕が地獄に行こう!」と決断することなのじゃないかと思うことがあります。そうしてそういう決断を求められる場面は、意外にわたしたちの身近に日々あるものなのじゃないかとも、思うのですが、どうでしょうか。(大久保)
by oji-church | 2007-07-05 16:13 | 牧師からのメッセ-ジ