日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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2017年 10月 04日 ( 1 )

「愚直の信」

〈四人の男が中風の人を運んで来た。しかし、群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスがおられる辺りの屋根をはがし穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に「あなたの罪は赦される」と言われた〉(マルコによる福音書2章3~5節)

★当時、「治らない病気」は「呪い」によると考えられました。治癒が困難であればあるほど、それはより強い「呪い」、すなわち、「神様の呪い」と考えざるをえなかったのです。それでもなお、この四人の人たちが中風の人をここに運んできたのは、彼らの思いの内に、「いや、神様は、人を永遠に罰するような、そんな呪いを人間に下す神様ではなく、人を祝福する神様であるはずだ」と、そんな強い希望があったからではないでしょうか。イエス様だったらそんな本当の神様の姿をよく知っているはずだ、と連れてきたのです。
★イエス様に引き合わせるために、人の家の屋根をひっぺがえすなど、アホのやることです。わたしたちはしばしば、クリスチャンになると途端に「訳知り顔のクリスチャン」になってしまいます。でも、信仰とは「愚直」であること、「愚かになる」ことでもあるのではないか。何に対して? それは、「神様は、人を祝福する神様であって、人を呪う神様であるはずがない」という希望に対して。病いを得ているどの人も、生きることに困難や厳しさを負っているどの人も、神様の祝福から外れているはずがないと。その困難や厳しさを乗り越えて、一緒に、与えられた命を喜んで生き生きと生きることのできる道が必ず備えられているはずだと。神様に対して「愚直」であることは、必ず、自分一人のわたくし的な「心の中の信仰」に留まらず、自分以外の人と手を取り合って共に生きることへと繋がっていきます。
★彼らの「愚直」な信仰を「見て」、そこに心を重ねて、イエス様は言われます。「あなたの罪は赦される」。「見てご覧。あなたはこんなにも愚直に、人を祝福する神様への希望を携えた人たちに囲まれているじゃないか。そうならば、あなたは神様に呪われてなんかいるものか。こんな人たちに囲まれて、あなたは確かにもうすでに、目一杯神様に祝福されているぞ」。そんなふうにイエス様は言われたのじゃないかと思うのです。
by oji-church | 2017-10-04 12:21 | 牧師からのメッセ-ジ