日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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2017年 06月 07日 ( 1 )

「ミンナオンナジ?」

★「それは当たらない」。テレビを見ていると、官房長官が、何か問題点や疑問点を指摘されるとそうと言って、それ以上の説明や釈明をまったくせずに、記者からの問いかけや批判を一切受け付けません。「当たらない」と言うのですから、「お前がはずれてる」「お前が間違っている」ということ、「悪いのはお前だ」と質問した側の記者をなじる言葉でもあります。問いかける言葉と答える言葉とがまったく出会うことも触れ合うこともないまま、空中分解して泡のように消えてしまうのです。問いかけ答えて理解しあう。語りかけ聞き受けて共感する。そういう言葉本来の働きは、どこかへ消え去ってしまったかのようです。その代わりでしょうか。ネット上には、立場や意見の異なる人に対する苛立ちや憎しみをぶちまけ、煽り立てる言葉が溢れています。
★「ミンナオンナジ」と思える人間同士の間では麗しい言葉が交わされますが、自分と立場や意見が異なる人には、言葉は、理解し合い、共感し合うという言葉本来の役目に用いられなくなってしまっているようです。「ミンナオンナジ」と思えるのは心地いいことですが、立場も境遇も意見もやることも、すべて同じ人間というのはどこにもいません。「ミンナオンナジ」は幻想に過ぎません。この幻想にしがみつこうとするとき人は、自分とは違う立場や意見の人に対して、居心地の良さを壊す者として、苛立ちや憎しみを持つようになり、やがてそれをぶちまけ、煽り立てる事になってしまうのでしょう。人間というのは元々バラバラの違う存在。でも、同時に人間というのは一人では生きられない存在でもあります。だから、お互いに違いを乗り越えて、理解し合い、共感し合って共に生きる社会を形作るために、言葉というものを編み出してきました。それはなかなか簡単ではない、忍耐も必要なことでしょう。しかし、言葉があるからこそわたしたち人間はその、簡単ではない、忍耐力の要ることも、成し遂げてくることができたのです。そういう言葉というものが持っている本来の意味・役割に、わたしたちはいまもう一度心を向けていく必要があるのではないでしょうか。
by oji-church | 2017-06-07 09:26 | 牧師からのメッセ-ジ