日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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2016年 11月 15日 ( 1 )

「身勝手」民主主義?

★先週水曜日、「子ども食堂」を終えて家に帰ってテレビを点けると、アメリカの大統領選の結果が報じられていました。結果はトランプ候補の勝利でした。自国の一部の人々の不満を掻き集め、その身勝手を実現することを政策として掲げ、移民や少数者や、他国や対立候補に対して、また女性に対しても、口汚い侮蔑的な「言葉の暴力」をまき散らしてきた人物です(報道ではこれを「暴言」と揶揄していますが、それは具体的に人を傷つける力を持つものであり、本来、ただ「揶揄」して済まされるものではありません。ちなみにだからといってわたしが対立候補を絶対的に支持しているわけでもないのですが)。このような人物が支持を集めているのは、アメリカばかりではありません。日本でも同じ状況が広がっています。
★呆然とテレビを見ているとCMが始まりました。米大統領選挙を模して男女の候補者がやりあうパロディCMは携帯電話会社のものです。笑いを誘う意図があるのでしょうが、ぜんぜん笑えません。世界の将来に対する暗澹たる気持ちと、それでも笑いを誘って購買欲を煽るCMとのギャップに苦しみます。気付いたのは、世界がどうなろうとも、広告等に現れている「金を儲けろ」という欲望だけは、何事もなかったかのように身勝手に突き進んでいく、そんな世界にわたしたちは生きているということです。
★民主的な選挙によって当選した候補です。民主主義は本来、一部の人々の「身勝手」を抑制するための制度のはずですが、いつの間にか民主主義のただ中で、人々の身勝手が大手を振ってまかり通るようになりました。「人間は身勝手にばかり振る舞っていいものではない」という“自制”を欠いた時、民主主義の下であっても“多数”の「身勝手であっていい」という放埒によって、民主主義の機能は潰れていくのかもしれません。「強い者が富を得るのは自由だ」という新自由主義的“経済至上主義”の風潮こそが、そんな事態を招いていると思うのですが……ここで紙幅が尽きました。
by oji-church | 2016-11-15 18:26 | 牧師からのメッセ-ジ