日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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2008年 03月 21日 ( 1 )

「『愛着』というきもち」
★「駒込には、およそ三十五年も住んでいることになる。/というと、聞いた人は大抵、土地がよっぽど性に合っているんですね、とか、それではもう、死ぬまで離れられませんね、と言ってくれるのだが、その都度、とんでもない、ただの成行きなんです、と不機嫌な声を返さずにはいられない。しゃれた喫茶店ひとつない、年寄りだらけの、くすんだこの街のどこがいいって言うんですか、と私がぶつぶつ言うと、これも大抵、相手は簡単に頷いてくれて、それもそうですね、下町でも、山の手でもない、中途半端な場所ですね、と答える。するとまた、私は苛立って言い返すことになる。それでもわたしは年寄りのいない街なんて死んだって行きたくないし、明るいだけの街なんて大嫌い。そうして相手を睨みつける。相手には、なにがなんだか分からない。駒込が好きなんだろうか、嫌いなんだろうか。私にも、実際、よく分からないのだ。好きか、と聞かれれば、嫌いだ、と言いたくなるし、それでいてけなされればくやしくなる」(津島佑子『幼き日々へ』講談社より)。
★津島佑子さんという作家がおられます。太宰治の次女という方ですが、太宰は津島さんが1歳の時に亡くなっています。わたしはいっとき太宰治に夢中になった時期があって、津島さんも気になる方でした。その津島さんが、わたしの生まれ育った駒込に長く住まわれていたことを、最近彼女のエッセイを読んで知りました。ちょうどわたしが子ども時代を過ごした時期と重なるようです。
★津島さんが書かれている、駒込というまちへの気持ちは、わたしもまったく同じです。でも、もしかしたら、人の愛着という感情は、そんな具合に一筋縄ではいかない、複雑なものなのかもしれません。「預言者は、自分の故郷では歓迎されない」、「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない」と言われたイエス様が、しかし「わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く」と言われたのもうなずける気がします。わたしはといえば、いまは、いま働いている、キリスト教、教会という場に、同じような複雑な愛着を抱えています。(大久保)
by oji-church | 2008-03-21 10:09 | 牧師からのメッセ-ジ