日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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3月29日の週報コラム「ひだり手」

「夢の見方」

《ペトロが口をはさんでイエスに言った。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」 》(マタイによる福音書17章4節)

★短いペトロの台詞の中に「ここ」という言葉が二度出てきます。それらは、〈イエスとモーセとエリヤと自分〉という狭いサークルを区切る「仕切り」に他なりません。ペトロたちが山の上で見た夢は、見た目美しくはあっても、その内実は狭苦しいエゴイズムを抜け出していないのです。
★「1963年のうだるような夏の昼下がり、われわれは首府ワシントンD.C.に集まり、多くのことをこの国にたいして話しかけました。日の沈みかけたころ、この国に向かって私の抱いていた夢について話したのです。そして今日は、みなさま方に告白しなければならないのですが、夢を語ったあの後いくばくも経たぬ間に、私はそれらの夢が悪夢へと変わり果ててゆくのをこの目で見ました」(M.L.キング牧師による1968年アラバマでのクリスマス説教より)。
★ワシントン大行進での「わたしには夢がある」という有名な演説のわずか4週間後、アラバマ州バーミンガムで4人の黒人少女らが惨殺されたことをキング牧師は伝えています。しかしなお彼は「私は今なお夢を持ち続ける」と語るのです。
★教えられるのは、夢とは個人や狭いサークルで見るものではないということ。それはエゴイズムの別名に他なりません。夢とは、無惨な現実を直視しつつ、「さてわたしたちはどのような夢を描くべきなのか」と、隣人と共にじっくりと時間を掛けて考えてゆくものなのです。そのような夢こそが、やがて現実に抗する力を発揮するのでしょう。
by oji-church | 2009-04-01 09:19 | 牧師からのメッセ-ジ