日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

礼拝予定などをお知らせします。まだまだひよっこのブログですが、コメントを残していただけるとうれしいです。


by oji-church
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

12月28日の週報コラム「ひだり手」

「海底の盲目のカメの祈り」

★2008年という年は、アメリカの投機資本主義(日本の政府や企業もそれを一緒に踊ろうとしていたのですが)の挫折のあおりを受けて、非正規雇用の人々の大量解雇という、あまりにも手ひどい結果に終わろうとしています。「米百俵」などという美談を持ち出しての「構造改革」の名の下に、いったい何がなされたのか。つまりはこうして、一部の人々の生き残りのために、簡単に人の首を切ることができる制度づくりだったではないか。人間の命というものを何だと思っているのか。怒りを禁じ得ません。しかしわたしたち自身も、災難が自分の身に降りかかりさえしなければ、他人の命など、通り過ぎて顧みない風景の一部としてしまう。そんな冷淡さを、分かち持ってもいるのだと思います。
★仏教の経典の中にこんなたとえ話があります。大海の底に一匹の盲目のカメがいて、百年に一度だけ、海面に浮いてくることができる。一方その大海原には、たった一本、浮木が漂流していて、先のカメが、この浮木に当たった時にだけ、人間に生まれることができるのだという話。そんなことはほとんどまったく不可能としか思えません。百年に一度のチャンスを、何億、何兆回と繰り返して、その果てに盲目のカメが浮木にたどり着いたとき、一人の人間が生まれるというのです。海底の盲目のカメは、そんな何百億、何千億、何兆年の時間を、人間として生まれることを願い続けているのだというお話。
★そんな命への願いの重さを、わたしたちはどれだけ、心に刻んでいるでしょうか。この命の重さを思うときにこそ、わたしたちは、自分自身と他者とを、かけがえのない存在として尊重してゆくことができるのでしょう。聖書には「自分自身を愛するように、隣人を愛しなさい」という言葉があります。普段、クリスチャンは当たり前のようにこの言葉の傍らを通り過ぎていきます。けれど、この言葉の背後に、あの海底の盲目のカメの祈りが響いていることを、ぜひ心に刻んでいただきたいと思うのです。
by oji-church | 2009-01-06 11:14 | 牧師からのメッセ-ジ