日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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5月4日の週報コラム「ひだり手」

「文明の十字路(?)に立って」

★先週は、休暇をいただいてトルコに旅行をしてきました。仕事や研修でない自由な海外旅行は初めての体験でした。旅の詳細はまたゆっくりとお話できればと思います。
★トルコは基本的には宗教の自由は保障されていることになっていますが、実際に行ってみると、やはりイスラム色が濃い気がしました。イスタンブールのような都会でも女性の半分くらいはスカーフをかぶり、体の線の分からない服を着ています。カッパドキアのような田舎では、観光客以外の女性の姿はあまり見かけませんでした。
★しかし、現在トルコ共和国のある小アジアは、15世紀にオスマン帝国に征服されるまで、ビザンチン帝国の首府、東方キリスト教の中心地でした。今回の旅行の目的の一つは、ビザンチン時代のキリスト教の壁画やモザイク画を見ることでもありました。でも、それらを見て歩く内に、複雑な気分になってきました。
★例えば、アヤソフィアというイスタンブールの聖堂。これは、ビザンチン時代の初期、4世紀に建てられたものです(現存の建物は、暴動による破壊の後、6世紀に再建されたもの)。しかしオスマン帝国の征服後は、イスラム教のモスクとして用いられました。その後、20世紀初頭、トルコ共和国を打ち建てたケマル・アタチュルクの近代化で、トルコはイスラム国から世俗化され、アヤソフィアは今度はモスクから博物館とされました。その後の調査によって、壁のしっくいの下からビザンチン時代のキリスト教のモザイク画が発見されます。オスマン帝国はアヤソフィアをモスクにする際に、イエスやマリア、その他の聖人を描いた壁画を「偶像崇拝」としてすべてしっくいで塗りつぶし、イスラム文様をその上に描きました。現在はそのしっくいをはがして、壁画の修復が進められています。
★いわば、アヤソフィアには、ビザンチンのキリスト教、オスマンのイスラム教、そして近代という三層の文明が重なっているのです。その中でオスマン帝国はキリスト教の壁画を塗りつぶし、近代以後のわたしたちは、その上に丁寧に描かれたイスラム文様のしっくいをはがしているのです。(つづく)(おおくぼ)

*写真は、アヤソフィア内部のしっくいのしたから出てきたモザイク画
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by oji-church | 2008-05-15 13:11 | 牧師からのメッセ-ジ