日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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3月9日の週報コラム「ひだり手」

「神の国、いま、ここに」

〈空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。……野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。……何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。〉(マタイ6章)

★「私たちは、生まれたときに神に愛される者となり、死ぬときにそれを止めるわけではありません。神に愛されていことは、永遠のことです。神は言われます。『わたしは、とこしえの愛をもってあなたを愛した』(エレミヤ30:3)。この愛は、父や母が私たちを愛してくれる以前から存在し、友人たちに死を看取られたのちもずっと続くものです。それこそが神の愛であり、絶えることのない、永遠のものです」(ヘンリー・ナウエン『いま、ここに生きる』)。
★ヘンリー・ナウエンの『いま、ここに生きる』という本を、月一回の聖書を読む会で3年がかりでようやく読み終えました。この本には「生活の中の霊性」という副題が付いています。二十代の頃は「霊」ということがよく分からず、敬して遠けていました。しかしイエス様の「思い悩むな」という呼びかけこそが、この「霊」というものと深く関わっているのではないかと思うようになりました。
★神様の「霊」とは、どこか遠くに鎮座しているものではなく、空の鳥も、野の花も包んで、この世界のいのち全体を包んで「いま、ここ」にあるということ、だからこそ「明日を思い悩まないで」という呼びかけが生まれてくるのでしょう。このことを感じ受けることこそが、「神の国、神の義を求める」ということであり、わたしたちにぜひとも求められていることなのだと思うのです。
by oji-church | 2008-03-13 09:51 | 牧師からのメッセ-ジ