日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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2月17日の週報コラム「ひだり手」

「問題を解決しないという生き方」

★「べてるは、いつも問題だらけだ。今日も、明日も、あさっても、もしかしたら、ずっと問題だらけかもしれない。組織の運営や商売につきものの、人間関係のあつれきも日常的に起きてくる。一日生きることだけでも、排泄物のように問題や苦労が発生する。しかし、非常手段ともいうべき『病気』という逃げ場から抜け出て、『具体的な暮らしの悩み』として問題を現実化したほうがいい。それを仲間どうしで共有しあい、その問題を生き抜くことを選択したほうがじつは生きやすい--べてるが学んできたことはこのことである。こうして私たちは、『誰もが、自分の悩みや苦労を担う主人公になる』という伝統を育んできた。だから、苦労があればあるほどみんなでこう言う。『それで順調!』」(「べてるの家の『非』援助論 そのままでいいと思えるための25章」浦河べてるの家)
★人間とつきあうという仕事をしてきて、いつもつくづく思うのは、「向いていない!」ということでした。人間一人ひとりの抱える様々な「問題」に向き合い、解決に導くだけの、自分の側の「強さ」が足りない…と、いつも思わされるのです。
★けれども、上の本を読みながら(「べてるの家」は、北海道の浦河で、精神しょうがいを負う人たちが集い、商売や町作りを行っているグループです)、改めて「コレデイイノダ」と思える気持ちを与えられました。「問題」を解決することを目指すのではなく、「問題はある。あって当たり前」という、実はわたしたち誰しもが抱えている「弱さ」を共有していくことの方が大事なのだ、ということに改めて気付かされたのです。その中でこそ、人と人との自然な結びつきが生まれてくるのです。だから自分の悩みや問題は、なるべく自分の口から語り起こすことができた方がいい。
★「べてるの家のいいところは?」と問われて、メンバーが答えたという「ぐちゃぐちゃなところ」「人間関係がドロドロしているところ」という、極めつけのアッケラカンとした答えに、問題の解決ではなくても、本当の「正解」を教えられた気がしました。(大久保)
by oji-church | 2008-02-20 09:15 | 牧師からのメッセ-ジ