日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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12月9日の週報コラム「ひだり手」

 「キリストは明日おいでになる」(2)

★先週に続いて、「讃美歌21」の244番「キリストは明日おいでになる」について書きます。この讃美歌の3番~5番の歌詞は、こんな歌詞です。「明日はみんなのクリスマスだ。み神の愛の祝いの日だ。救いの星は空に照るが、世の人は主をかえりみない」「明日を持たないひとびとにも、生命(いのち)のパンがあたえられる。そのみからだが示すものは、また来たりたもう復活の主だ」「み子キリストはいつの世にも、みどり子としておいでになる。その約束を果たすために、わたしたちをも用いられる」。
★2002年のクリスマス、世界はイラクへのアメリカの攻撃が始まるか否かという情勢の中にありました。世界は前年にアフガニスタンへのアメリカ軍の攻撃を経験していました。そんな中で不当な戦争に抗議の声を挙げようと、京葉中部教会の人たちを中心として、イラクの子どもたちに取材した写真展を市内で催すことを計画していました。翌年2003年の3月に写真展の開催にこぎ着けましたが、その前にイラクへの攻撃は開始されていました。
★攻撃開始の前の週、わたしは「こどもの教会」のこどもたちに、「戦争は止められる」と信じることができれば、戦争は止められます、と話しましたが、しかし戦争は止められませんでした。攻撃開始から最初の日曜日の説教は、きちんと準備する気力も沸かないまま、ポツポツと語りました。その後に、この244番の讃美歌を歌いました。「救い星は空に照るが、世の人は主をかえりみない」「み子キリストはいつの世も、みどり子としておいでになる」。バグダッドの爆撃の炎の下に子どもたちがいることは分かっていました。そのことを思い起こしながら、この讃美歌を歌うと、「ああ、あの爆撃の下にキリストはみどり子として今日生まれたのだ」という思いがわき起こってきて、どうしようもなく涙がこぼれてきました。教会は、クリスマスを祝いながら、この爆撃の下に生まれるキリストの痛みをどこまで受けとめているか、問われるところなのでしょう。(大久保)
by oji-church | 2007-12-12 16:15 | 牧師からのメッセ-ジ