日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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9月30日の週報コラム「ひだり手」

「失うことには」

★先日夕食を食べながら、テレビの若者向け番組をぼんやり見ていたら、ファッション評論家(というのでいいんでしょうか)のピーコさんが出てきて、高校生に向けて話されていたことに、イタく共感しました。
★ピーコさんは、17年前に30万人に一人がかかるという眼の病気にかかって、片眼を失明したそうです。それまでは、自分のために、アレを手に入れ、コレを手に入れという生き方をしてきたとピーコさんは語ります。でも、その時になって思ったことがあったそうです。これからはもう、自分のために生きるのはヤメた、と。そうしてこう語るのです。「わたしはゲイで、片眼を失った障害者です。だから、これからは自分のためでなく、そういうひとたちのために、マイノリティーのひとたちのために生きていこうと思うようになった」と。
★そうして、ファッション評論家として高校生に語るのは、「いまは、こんなオトナが言っていることが何なのか、よく分からないかもしれないけれど、それを大事に持っていてほしい。そうすれば、内側から自分を磨くことになって、そうすれば、どんな服を着ていたってその人は素敵なのです」と語っておられました。
★何かを失うことは、わたしたちにとってつらく痛ましいことに違いありませんが、その時になってはじめて、わたしたちは、痛みを負うマイノリティー(少数者)の人たちの気持ちを理解するキッカケを与えられるのかもしれません。
★失ったものへの追憶に生きるのか、そのことをバネにして、他者とくに少数者の人たちの痛みへの「思いやり」に開かれるのか、二様の生き方が僕らに投げかけられているように思うのです。(大久保)
by oji-church | 2007-10-03 12:01 | 牧師からのメッセ-ジ