日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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8月26日の週報コラム「ひだり手」

 「生きた“からだ”をもって」

★王子教会は今年で創立114周年を迎えました。114年間続いてきたということはスゴイことではあります。けれども、現在のわたしたちに求められることは、この114年を、「わたしたちの功績」として、あるいは他の誰かの「功績」として賞賛することよりも、「今、教会は生きているか」ということをふり返ってみるということ、「今」をふり返るということでしょう。
★キリスト教では、教会は「キリストの体」であると言われます。「からだ」と言うからには、それが生きていることが第一の前提となります。じゃあ「生きる」ってどういうことなのでしょうか。
★わたしたちは、誰しもが自分独りでこの世界に生きているのではありません。誰しもが、多かれ少なかれ、この世界や自分とは違う人との関わりの中で生きています。「生きる」とは、「関わりの中にある」ということなのかもしれません。ですから教会もまた、ちがう者同士の「関わりの中」にあることによってはじめて、「生きる」ものになるのでしょう。
★最近、「教会って何のためにあるのかしら?」っていうことを思わされます。その一方で、牧師室の片付けをしていて、自分の買い集めた本の多さに我ながら辟易させられます。わたしが「生きる」とは、本の中の文字との関わりによってではなく、ちがうものとの触れ合いの中にあることなのでしょう。そのための研鑽や訓練は惜しまないようにしてゆきたいと思います。ちがうものとの触れ合いは、その中に幾多の「問題」もあり、それと同時に計り知れない「喜び」も隠されているものと思います。だから「生きる」ってなかなかムズカシイことです。ガンバリ過ぎずに、ボチボチ、ゆっくりと、鈍行で味わってゆければと思います。(大久保)
by oji-church | 2007-08-30 11:04 | 牧師からのメッセ-ジ