日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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1月28日の週報コラム「ひだり手」

「『共同体』というもの」

★1月26日(金)夕刻に北支区東京教区問題協議会があり、そこでわたしが発題をすることになりました。わたしたちの教会は日本基督教団という教団に所属しています。それぞれの教会別個に運営したっていいのに、その方が面倒もなく、自由じゃないか、と思われるかもしれませんが、わたしたちは個別の教会だけでなく、多くの教会が集まって「教団」というものを形づくっています(その中に「教区」があり、東京教区の場合、されに「支区」があります)。
★何のためにそうするのでしょうか。教団の規則の中では、「教区」とは「地域共同体」であると言われます。同じ教団や教区の中で、教会同士支え合っていくということ、それが「共同体」ということでしょう。聖書の中には、「目が手に向かって『お前は要らない』とは言えず、また、頭が足に向かって『お前は要らない』とも言えません」(Ⅰコリント12:21)という言葉がありますが、そのように違う者同士が集まって一つの生きた体を形づくるのが「共同体」というものです。
★けれども殊に東京の場合、共に支え合うべき教会同士が、しばしば互いに無関心であることが多いのです。人口が多いせいか、自分の教会だけで成り立ってしまうからです。さもなくば、勢力を持った者が弱い者を支配するという関係に陥ってしまいがちです。
★教会ばかりでなく、いまのわたしたちを取り囲む社会全体が、隣人に対して無関心、という状況でしょう。しかし、教会はイエス様を頭(かしら)として、教会同士互いに違いが有りながらも対等な関係で、しかも無関心ではなく、支え合う関係を形づくるべく呼びかけれている場所です。その中から、本当にわたしたちが「生きる」ということの意味が見いだされるのではないでしょうか。(大久保)
by oji-church | 2007-02-01 10:10 | 牧師からのメッセ-ジ