日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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10月29日の週報コラム「ひだり手」

文学の効用

★イランから来られた難民(申請者)の方とのつきあいから最近イランについての本をよく読んでいます。イランでは1979年のホメイニ革命以来、極端な宗教理解に基づいた宗教政治が行われて、とりわけ女性や子どもの人権が抑圧されていると言います。
★最近書店で大きく取り上げられている本に、かつてイランで英米文学を教えながら大学を追われ、アメリカに脱出した女性の書いた『テヘランでロリータを読む』(白水社刊、アーザル・ナフィーシー著)という本があります。革命以後、イランでは西洋の小説を読むことは、宗教の見地から「堕落」「背徳」と見なされるようになりました。その結果、そうした書物は発禁となり、大学で教えることも叶わなくなります。
★この本の著者は大学を追われた後、自宅で少数の女子学生達と秘密の読書会を始めます。そういう集会自体が危険視されている社会の中で。そこで彼女は文学というものの持つ意味について女子学生たちと考えていくのです。
★その中に、こんな言葉を見つけました。「すべての個人にはさまざまな面がある…人を判断するときはその人格のあらゆる面を考慮に入れなければならない。文学を読むことで、人は初めて他人の身になり、時に矛盾する他者のさまざな側面を理解することができ、人に対してむやみに無慈悲にならずにすむ。文学という領域の外では、個人の一面だけが示される。だが、彼らの別の面も知れば簡単には殺せなくなる…」。文学だけでなく、わたしたちが聖書を読むことで受けとめるべきものも、実はこういうことなのかもしれないと思わされました。(大久保)
by oji-church | 2006-11-01 15:40 | 牧師からのメッセ-ジ