日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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10月1日の週報コラム「ひだり手」

「ボーッとしながら書いてます」

「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労はその日だけで十分である」(マタイ6:34)

★こういう週報などを準備作成しながら、調べ物のためにたまたま開いたインターネットのホームページなどに見入ってしまい、いつの間にか時間も忘れてネット・サーフィンに夢中になってしまっていることがあります。一人で仕事をしているので誰も止めてくれません。後で、「なんて時間を無駄にしてしまったのか!」と悔やむことしきりです。
★先週この欄でご紹介した加賀乙彦さんの『悪魔のささやき』という本では、人を魅了して自滅へと追い込んでしまう「悪魔のささやき」は、そうしたボーッとした心の状態に入り込んでくるといいます。
★牧師という仕事は、忙しいように見えて、結構ボーッとしている時間もあります(ボクだけかな?)。説教の準備に行き詰まったり、こうした書き物に書きあぐねていたりする時。確かにそういう時には、世間に満ちあふれる様々な誘惑に負けて、魅入られてしまうことが多いようにも思います。
★加賀氏は、見聞を広く持ち、自分自身の「個」をしっかり持つことによって、そうした「悪魔のささやき」を避けることを説いていますが、人間なかなか疲れてしまう時もあるものです。そして、時にはボーッとしている時に、新しい展望が開けて来たりすることもあります。人間の「自覚」や「意識」などというものはそんなに堅固なものではないということを、まず分かっていなければならないのかもしれません。
★キリスト教は、「目を覚ましていなさい」ということを強調して、人間の「意識」に訴え続けてきましたが、イエスの訴える「信仰」というものは、どうももうちょっと深いところにあるようにも思えるのですが、どうでしょうか。ボーッとしながら、何に向かって心を開いていくかが大事なような気もします。上のイエスの言葉はその辺りの消息を伝えているようにも思えます。(大久保)
by oji-church | 2006-10-04 15:28 | 牧師からのメッセ-ジ