日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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9月3日の週報コラム「ひだり手」

「『貧しさ』からの出発」

わたしの魂は主を讃美する。
貧しい人よ、それを聞いて喜び祝え。
わたしと共に主をたたえよ。
ひとつになって御名をあがめよう。

この貧しい人が呼び求める声を主は聞き
苦難から常に救ってくださった。
(詩編34編より)

★聖書の語る「貧しさ」という言葉の中には、単に経済的な貧しさにとどまらない、豊かな意味が含まれています。「貧しさ」という言葉は、もとは「押さえつけられた」という意味から始まった言葉ですが、「謙遜」とか「高ぶらない」「柔和」という意味にも用いられます。端的に「低み」という言葉で言い表されるかもしれません。
★日本語には「高み」という言葉はありますが、「低み」という言葉はどうやらないようです。高いところには意味や価値があっても、低いところには意味も価値もないという価値観から来ているのでしょうか。
★聖書を読んでいると、高さよりもむしろ低さに深い意味を見いだしている言葉に多く出くわします。そして現実の世界にあっても、むしろ貧しさの中にある人が、人のために、精一杯の思いを尽くそうとする姿に出くわしてきました。「低み」に立ってこの世界を注意深く見つめるときにこそ、何が一番大切なのかということがよく分かるのかもしれません。
★実は、この「低み」に込められた意味を見いだすことが、教会の果たすべき本来の役割なのではないかと思うのです。(大久保)
by oji-church | 2006-09-03 14:11 | 牧師からのメッセ-ジ