日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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8月20日の週報コラム「ひだり手」

「こころの問題」

★先週8月15日に、小泉首相が靖国神社を参拝しました。首相は「個人のこころの問題」とうそぶき、社会で交わされている靖国神社を巡る議論などはどこ吹く風の様子でした。
★首相は、「個人のこころの問題」とうそぶくことで、自分個人の内面に、中国や韓国の政府、またそれに同調する「勢力」(なるもの)が介入し、自分の「信教の自由」(?)を冒しているという構図を演出しようとしています。
★しかし、首相の靖国神社参拝というのは、果たして、首相個人の「こころの問題」で片付くものでしょうか。
★まず第一に、首相は8月15日の靖国神社参拝を首相就任時の公約に掲げたと言います。普通個人の「こころの問題」は、政治的な場での公約に掲げるものではありません。それを公約に掲げたというのは、首相自身が最初から、靖国神社参拝は「個人のこころの問題」ではないということを重々承知していた証拠に他なりません。
★そもそも、宗教というのは、教会に集うわたしたち自身を省みれば分かるように、単に個人の「こころ(内面)の問題」にとどまるものではなく、外面も含めて、この世の中で、わたしたちがどのように生きるか、という問いかけを深く投げかけてくるものです。
★靖国神社は、かつてもいまも戦争を称揚して、自国の権力の勝利だけを目指し、そのためにはそれ以外のいのちの犠牲をかえりみないという「宗教」施設です。それは単に「こころ(内面)の事柄」にとどまらず、外面においても戦争を引き起こしていく力を持っています。このような「宗教」に首相が率先して参拝し、国を挙げて引きずり込んでいこうとする「外面」の力に対して、「いのちを共に生きよ」と呼びかける聖書を携えているわたしたちは、やはり単に「こころの問題」としてだけではなく、外面においても反対していかなければならないのではないでしょうか。(大)
by oji-church | 2006-08-20 14:03 | 牧師からのメッセ-ジ