日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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7月23日の週報コラム「ひだり手」

教会、下着、屋根裏部屋

「ヤッファにタビタと呼ばれる婦人の弟子がいた。彼女はたくさんの善い行いや施しをしていた。ところが、そのころ病気になって死んだので、人々は遺体を清めて階上の部屋に安置した。……人々はペトロが到着すると、階上の部屋に案内した。やもめたちは皆そばに寄って来て、泣きながら、ドルカスが一緒にいたときに作ってくれた数々の下着や上着を見せた。」(使徒言行録9:36~39)

★いよいよ会堂建築着工の目処が立ち、現会堂とのお別れの時が近づいてきました。古い牧師室の天井を見上げると、いくつもシミがあって、でもその一つ一つがここで教会の働きを積み重ねてきた人々の息づかいとなって響いてきます。
★わたし自身は8年半、会堂のない教会で牧会をしてきました。多く不便なこともあり「簡単でいいから、みんなが気兼ねなく集まれる場所があればいいね」なんて声が上がることもありました。けれども建物がない分、「教会って何だ?」ということがハッキリと分かる面もありました。
★教会とは、神さまと人とが結ばれる場所です。そうして神さまに結ばれた者同士、人と人とが結び合う場所でもあります。イエス様は最初に「人間をとる漁師にしよう」と弟子たちに呼びかけられました。漁師の仕事の一つに「網を繕う」作業があります。これを英語で言うと、「ネットワーク」という言葉になる。教会という場所の本質は、神さまと人、人と人との結びつき=ネットワークを形づくる場所といってもよいでしょう。建物が「教会」なのではなく、そこで形づくられる神さまと人、人と人との結びつきこそが、何よりも「教会」なのです。
★使徒言行録に印象的な女性が登場します。タビタという名のこの女性は、「やもめ」となった女性のために数々の下着や上着を縫う働きをしていたようです。この女性が死ぬと、やもめの女性たちは彼女が縫った下着や上着を持ち寄って、彼女を悼みました。
★まさにこの「下着や上着」こそが、「教会」じゃないかと思うのです。タビタの働いた場所は「階上の部屋」。屋根裏のような質素な小さな部屋を思い浮かべます。そんな簡素な場所であっても、教会は「教会」たりうるのです。いやむしろ、そんな場所でこそ、人の目には多く触れない場所で、人知れぬ、小さくされた人の小さな働きの中で、神さまと人、人と人との結びつきは、繕われているのでしょう。建物の見える形はどうあれ、王子教会がそんな教会になっていかれればと思います。
by oji-church | 2006-07-28 10:31 | 牧師からのメッセ-ジ