日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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6月4日の週報コラム「ひだり手」

教育基本法「改正」案を読む(2)「国を愛する」を考える②
★「国」=「国家」というのは、あくまで富を集めてきて、それを分配する目的で、17~18世紀頃のヨーロッパで人為的に出来上がったものに他なりません。富を集めるためには、やはりそれをどこかから持ってこなければなりません。19世紀から20世紀前半にかけて、富は「帝国主義」という在り方によって、アジアやアフリカからヨーロッパ、アメリカ等に集められました。植民地とされたアジアやアフリカの人々は、これによって大変苦しめられたのです。
★日本はこの欧米の帝国主義の触発されて、明治維新を行い、遅ればせながら帝国主義に踏み出して、中国、朝鮮、台湾を始め、アジアへの侵略に乗り出していきました。そこでも多くの人々が日本による侵略によって、土地や故郷や家族や命を奪われて大いに苦しめられたのです。こうした国家の在り方は、現在も
★このように、あくまで富を集める目的で人為的に造られ、やがて侵略や搾取・収奪に至る「国家」というものからは、本来「愛する」というような情感は生まれてくるものではありません。
★第二次世界大戦後、こうした「国家」の暴走に一定の歯止めをかけるために、国際連合という組織が作られました。日本国憲法や教育基本法もまた、第二次世界大戦の痛切な経験への反省から、こうした「国家」の暴走への歯止めとして造り出されたものです。「国家」が侵略や搾取・収奪へと至らないために、日本国憲法は、世界に先駆けて「武力の放棄」を掲げ、教育基本法は、一人ひとりの人間を「国家」の侵略・搾取・収奪に巻き込まないために「個人の尊重」を掲げたのです。
★わたしたちが「おくにはどちら?」と聞かれた時に思い浮かべる自分の「故郷」なるものは、おそらくそうした「国家」とは違う在り方をしたものでしょう。互いの顔や風景が思い浮かべられる肌身に触れた関係のある場所のことです。ここからなら「愛する」という情感も生まれてくることもあるでしょう。
★ただし、人の「故郷」というのは、「国家」とはまた別に、様々な因習やしきたりに束縛された場所だったりもするので、必ず「愛する」という情感が生まれてくるものと決めつけることはできません。ただ「国家」というものからは本来、「愛する」という情感は決して生まれてくるはずもないのに対して、「おくに」と呼ばれる「故郷」からはそれが生まれてくる可能性はあるということです。(つづく)
by oji-church | 2006-06-08 09:13 | 牧師からのメッセ-ジ