日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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4月2日の週報コラム「ひだり手」から

《ひだり手》            春が来た
★桜の花が咲き、ようやく春がやってきたという感じです。我が家では、昨年から猫(メス、1歳)を一匹飼っているのですが、それが春の到来と共に「さかり」がついて、エライ騒ぎとなっていました。夜な夜な「おゎんおゎん……」と鳴いて、クネクネして、見ている方もつらいです。萩原朔太郎という人の「猫」という、こんな詩を思い出します。「まっくろけの猫が二疋(ひき)、/なやましいよるの屋根のうえで、/ぴんとたてた尻尾のさきから、/糸のようなみかづきがかすんでいる。/『おわぁ、こんばんは』/『おわぁ、こんばんは』/『おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ』/『おわぁぁ、ここの家の主人は病気です』」。折しも春風邪を引いて二日寝込みました。
★人間はカレンダーを見て季節の到来を測りますが、うちの猫は、家の中に居るだけなのに、どうも体が季節の到来を感じ取るようです。自然の内に他の命と共に生きているということなのでしょう。人間はそういう、体が他の命と共に生きるという感覚を失ってしまっているのかもしれません。
★そんなことを考えていたら、八木重吉というクリスチャン詩人の詩の中に、こんな詩を見つけました。「万象」という題の詩です。「人は人であり/草は草であり/椎は椎であり/おのおの栄えあるすがたをみせる/進歩というようなことばにだまされない/懸命に 無意識になるほど懸命に/各々自ら生きている/木と草と人と栄えを異にする/木と草はうごかず 人間はうごく/しかし うごかぬところへ行くためにうごくのだ/木と草とには天国のおもかげがある/もううご
かなくてもいいという/その事だけでも天国のおもかげをあらわしているといえる」。
★キリスト教はかつて、動物や草木には魂がないということを公式見解としましたが、そのことで、命というものへのまなざしを相当に貧しくしてしまったように思います。イエスやパウロの言葉にはしかし、人間も被造物として動植物と共なる魂を生きるものであることを思わせる言葉があります。
★今年に入って、相次いで二人の教会の友が天に召されました。「もううごかなくていい」場所へと召されたお二人の魂を思う春、同じ一つの魂を万象が共に生きる「天国のおもかげ」に触れる気がします。(大久保)
(写真は、近くの音無川の桜です)
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by oji-church | 2006-04-11 22:29 | 牧師からのメッセ-ジ