日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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11月19日の週報コラム「ひだり手」

「人々のそばに」(2)

★どこまでも人々のただ中に、人々と共に、人々のそばに居ようとすること。それは確かに麗しいことです。でも、不思議とわたしたちは自分が人間であるにもかかわらず、人々のただ中に、人々と共に、人々のそばにずっと居ることに疲れてしまうことがあります。それはなんでなのだろうかと思うのです。お互いに人間同士であるのに、そのただ中に、人と共に、人のそばに居ると疲れてしまうというのは。
★思うに、人間が一緒にいる時、どういうわけかそこに、ある種の「競争」めいたものがどうしても生まれてきてしまうからではないかという気がします。「自分のほうが上だ」「自分の方が正しい」「自分の方が分かっている」。そんな競争。それは教会の中でも変わりがありません。「わたしの方が信仰深い」という競争。教会ではそれが変な風にねじ曲がって、「わたしの方が信仰が薄い」「いやいや、わたしの方が罪人だ」。そんな奇妙な競争になってみたりもするのですが。そこには人間というものをどうしても上下で考えてしまう心の癖のようなものがあるのではないかと思うのです。自分より上だと思えば持ち上げて、自分より下だと思えば貶める。そんな心の癖です。
★「あなたは神の子です」と言えば、それは確かにイエス様をほめる言葉かもしれません。けれども、それは他方で、人間を上と下とに分けて考えてしまうあのわたしたちの心の癖と、どこかで繋がってもいるのではないでしょうか。
★「あなたは神の子だ」という誉め言葉に対して、イエス様が「いや、自分は神の子なんかじゃない」と言ってそれを退けたのは、そんなふうに人間が人間を上と下とに分けて、やがて競争を演じ始める、そんなわたしたちの心の癖、また生き方の癖を退けたということでもあるのではないかと思うのです。
by oji-church | 2017-11-22 13:04 | 牧師からのメッセ-ジ