日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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9月10日の週報コラム「ひだり手」

「いやし―人をひととして向き合うこと」

〈イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人をいやし…〉(マルコ1:34)。

★聖書で使われる「いやす」という言葉は「テラペウオー」というギリシア語です。辞書で調べてみると、最初に出てくる意味は「いやす」ではないのです。「奉仕する、仕える、侍する、(神を)祀る、尊崇する」とあって、「世話をする、面倒をみる、意を用いる、心がける、配慮する」、次は「ご機嫌をとる、歓心を買う、へつらう、おもねる」、次に「育む、養う、大切にする、重んずる」とあって、その次「看護する」とあって、ほとんど最後に「治療する」とあります。聖書はイエス様のいやしの業をサラッと書いていますが、パパッと癒して「はい、次」というような「お手軽」なものではなかったのじゃないかと思えてきました。
★先月、腰を悪くして4日間入院しました。看護師さんたちには本当に頭が下がりました。担架で、ベッドで、車いすで運ばれ、歩行器で歩くのに付き添われしました。普段自分の足でスタスタ歩いている自分がどれだけ、高い目線でしか物を見ていないかを知らされました。そんなわたしを看護師さんたちは、丁寧に丁寧に、チョットした段差にも声を掛けて配慮して運んでくださいました。夜中中叫んで居られるお年寄りもいました。それでも嫌な顔一つせずに、呼ばれればそばに行き、説教めいたことは一言も言わず、言われたことに応える働きをなさっておられた。そういう看護師さんたちがおられることに心打たれました。
★「藪医者は人で持つ」という言葉があります。病気が治るかどうか以前に、病いや怪我を負った人を、尊い一人の人間として大切に、丁寧に扱ってもらえるかどうか、それがもうほとんど全部じゃないか、という思いを一層強くしました。イエス様がなした「いやし」「テラペウオー」というのも、そういうものだったのじゃないか。人を人として大事にする、心を通わせることのできる相手として向き合う。専門家にしかできないことではありません。だけれども、簡単にできることだとも思いません。問われているのは、わたしたちがどれだけ、人を人として、大切な存在として見つめ、向き合うことができるかということでしょう。

by oji-church | 2017-09-14 13:07 | 牧師からのメッセ-ジ