日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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8月6日の週報コラム「ひだり手」

「余計なこと」(2)

〈「ナザレのイエス、かまわないでくれ(お前は俺たちの何だ?―私訳)。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。〉(マルコによる福音書1章24~25節)

★「余計なことに手を出すな」「余計なことを考えるな」。そう叫ばれる社会の中では、必ず犠牲とされる人たちが生み出されます。お金儲けのことだけを考える社会の中で、過重労働で命を奪われる人たちが生み出されています。子ども食堂にくる子どもたちを見ていると、やはりそんな社会の中で犠牲とされ、切り捨てられ、居場所を失っている彼女ら、彼らの密かな、言葉にならない思いが伝わってきます。高齢者も同じように切り捨てられようとしています。沖縄に基地が押しつけられ、原発が地方に押し付けられているのも、やはりそんな社会の中でこそ起こっていることのように思われます。
★「お前は俺たちの何だ?」。この言葉を聞くと「余計なことに手を出すな」「余計なことを考えるな」、そう叫ばれる社会の中で一人の人をよってたかってイジメている、そのイジメっ子に向かって「そんなことをしてはいけない」と注意すると返ってくる台詞、「お前は俺たちの何だ?」「お前には関係無いだろ」。そんな台詞に聞こえてくるのです。この「悪霊に取りつかれた人」は、そんなイジメを受けて、のけものにされ排除されてきた、そんな経験を幾度となく重ねてきたのじゃないか、そんなふうに想像するのです。その内に「お前は俺たちの何だ?」というイジメっ子たちの台詞を自分の胸深くに突き立てられて、いつからか自分の口からその台詞を、自分自身に向かって叫ぶようになったのではないかと。(つづく)
by oji-church | 2017-08-09 10:26 | 牧師からのメッセ-ジ