日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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6月11日の週報コラム「ひだり手」

「聖霊が語らせる言葉」

〈エルサレムには天下のあらゆる国から帰ってきた、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まってきた。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった〉(使徒言行録2章5から6節)。

★「信心深い」という言葉は、もともと「よく受けとめる」という意味。相手に対して「しっかり丁寧に心遣いをする」というような意味です。そういう人たちが集まって来て、「自分の言葉」(「自分の故郷の言葉」とありますが、もとのギリシア語の原文には「故郷」という言葉はありません)が話されているのを聞いたということです。
★「相手に対してしっかり丁寧に心遣いをする人たち」が、「自分の言葉」が話されているのを聞いたということ。いま、戦争が平和と言い換えられ、支配と監視が安全と言い換えられ、搾取が自由と言い換えられ、いろいろな言葉が正反対の意味に使われて、嘘がまん延して、現実が歪められている世の中にあってそれは、問いかけ、答えて、理解し合う。語りかけ、聞き受けて、共感する。そのようにして、現実の、いま目の前に現に生きている人と出会って共に生きる、そういう言葉本来の役目をきちんと果たす、丁寧な言葉が交わされた、ということではないかと思うのです。
★目の前に現に生きている人と出会うことが、とても難しい時代にわたしたちは生きています。だれもが人と出会うことよりも小さなスマホの画面に夢中になっています。自分だけの世界に浸ることが多くなれば、その分、現実のほうはどうでもよくなっていきます。実際の現実の方はいま、国々の指導者の得手勝手が大手を振って闊歩するようになっていて、世界は戦争へとまっしぐらに突き進んでいるように思えてなりません。そういう時代の中で、相手に丁寧に心遣いをし、互いに問いかけ答えて理解し合う。語りかけ聞き受けて共感する。そうして現にいま目の前にいる人と出会って共に生きる道筋を形作っていく。それが、聖霊、神様の霊がわたしたちに語らせる言葉なのでしょう。

by oji-church | 2017-06-14 13:48 | 牧師からのメッセ-ジ