日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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3月19日の週報コラム「ひだり手」

「弱さの傍らにいることこそ」

〈力は弱さの中でこそ、十分に発揮されるのだ〉(コリントの信徒への手紙二12章9節)。

★いまわたしたちの生きる世界は、アメリカの大統領の選出によく現れているように、どの国も、どの人間も、競って我勝ちに自分の利潤、利益を追い求める世界になっています。この利潤競争に打ち勝つための「強さ」が求められる時代です。その中で、わたしたち一般の人びとは権力を持つ人たちに煽り建てられるようにして、お互いにお互いを分け隔てて対立し合い、貶め合い、憎しみをぶつけ合う様相を呈しています。そんな醜い自分自身の有様を繕うために、嘘偽りがそこら中に横行はびこっています。その傍らで、貧しい人や難民となる人びとが犠牲とされています。そのように「強いことこそいいことだ」と考えてきた末に、わたしたち人間の世界は、おそろしく醜く、また残酷な世界になっているのではないでしょうか。
★わたし自身も、自分の「能力」だとか「粘り強さ」(執念深さ?)だとか、そんな自分の「強さ」を頼りにしようとしている自分がいることに気付かされます。でもそんな自分の「強さ」が綻ぶとき、わたしもきっと醜く、残酷な姿をしているのです。
★「子ども食堂」を開いて、学校や家庭になかなか「居場所」を見出すことのできない子どもたちを迎えにいって、隣り合って歩き、肩を寄せて一緒に食事の準備をし、遊び、食べる、そんなささやかな「居場所」の中で、自分自身の「強さ」を解かれ、弱さの中からほんとうの「喜んで生きる力」が沸き上がってくる経験をします。嘘偽りで自分を取り繕う必要はまったくありません。ああ、これが「力は弱さの中で発揮される」ということなのかなあと思い至ります。「弱いことこそ、いいことだ」「弱さの傍らにいることこそ、嬉しいことだ」、掛け値無しにそう言い合える世の中を待ち望みたいと思うのです。
by oji-church | 2017-03-22 11:33 | 牧師からのメッセ-ジ