日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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12月18日の週報コラム「ひだり手」

「一過性の喜びでなく」

〈代々とこしえに喜び楽しみ、喜び躍れ。わたしは創造する。見よ、わたしはエルサレムを喜びとし、その民を喜び楽しむものとして、創造する。……泣く声、叫ぶ声は、再びその中に響くことがない〉(イザヤ書65章18~19節)。

★今わたしたちの暮らす世界では、国同士や民族同士の対立や反目が高まっています。国や民族を繋ぐのは軍事同盟や「お金」といった人間の創り出す「モノ」ばかりです。新しい「モノ」が生み出されれば、それが「光」と見なされます。でもその「光」は、すぐに古び、色あせてしまい、わたしたちはまた別の「モノ」を求めて、際限なく暗闇の中を彷徨うことになります。わたしたちは、そんなわたしたちの時代の暗闇とたたかうために、この暗闇の世界の中から生じてくるのとは違う光を見出さなければなりません。それは、わたしたち人間が創り出すのではない、神様がこの世界にもたらすもの、神様の働きそのものです。
★神様はこの世界を造って、それで働きを止めてしまったわけではない。神様は「わたしは創造した」と過去形で語るのではなく、「わたしは創造する」と現在型で語ります。そして、神様は何を基準に新しい創造の働きを始めようとするのかと言えば、それは「喜び」です。神様はわたしたちに向かって、「あなたがたにとって、本当の喜びとは何なのか」と問いかけておられるのです。それは次々と新しい「モノ」を手に入れることなのか。でもそれは、再びどこかで「泣き声、叫び声」を生み出す一過性の「喜び」に過ぎません。「あなたがたにとって本当の喜びとは何なのか」と問いかける神様に促されて、わたしたちは、わたしたちの一過性の喜びの傍らで、泣き声、叫び声を挙げている人たちの、その泣き声、叫び声に耳を傾け、その悲しみや苦しみを共に感じ受けて、それが本当の喜びへと変わることを目指して歩む道へと押し出されます。
by oji-church | 2016-12-20 15:18 | 牧師からのメッセ-ジ