日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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6月12日の週報コラム「ひだり手」

 「わたしの軛(くびき)」(2)

★(承前)誰かが苦労や悩みを背負っている時、その人のもとにはイエス様の「わたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」という慰めの呼びかけが響いています。しかし、そのイエス様の呼びかけは、悩み苦しみを負っているその人だけに呼びかけられているのではないのです。苦労や悩みを負っている人の傍らにいるわたしたちにも、イエス様の呼びかけは響いているのです。「わたしの軛を負い、わたしに従いなさい」というイエス様の呼びかけが、です。
★わたしたちの傍らに、苦労や悩みを負っている人がいる時、わたしたちはその人の苦労や悩みを共にしなさいと、イエス様から呼びかけられているのです。そのイエス様の呼びかけに応えて、わたしたちが傍らにいる人の苦労や悩みを共にする時、わたしたちは共にイエス様によって呼びかけられる者、共にイエス様によって、「疲れた者、重荷を負う者は、わたしの元に来なさい。休ませてあげよう」と呼びかけられる慰めを受ける者となるのです。
★イエス様の慰めというのは、わたしたちの苦労や悩みと別な場所にあるのではありません。わたしたちは苦労や悩みの中でこそ、イエス様によって「わたしのもとに来なさい」と呼びかけられ、語りかけられ、「わたしと共に軛を負う者」として愛おしみを注がれている、そのように慰めを受けているのでしょう。そしてまた、わたしたちが誰かの苦労や悩みを共に分かち合う時、わたしたちは共にイエス様に結ばれて軛を負う者として、イエス様の慰めの呼びかけを受ける者とされます。
★苦労を共にすることは、慰めを共にすること、イエス様の呼びかけを一緒に受ける者とされること。どうか、この福音を受けとめて、隣り人の苦労を分かち合うことを通じて、宣教の働きを担ってゆきたいと願います。。
by oji-church | 2016-06-15 15:01 | 牧師からのメッセ-ジ