日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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5月15日の週報コラム「ひだり手」

くるあさごとに

★讃美歌に「来る朝ごとに」という歌がありますが、岸田衿子さんという詩人の詩にも同じく「くるあさごとに」という詩があります。「くるあさごとに/くるくるしごと/くるまはぐるま/くるわばくるえ」。来る朝ごとに、くるくる生きているわたしたちですが、時に「くるわばくるえ」と言って、この“くるくる”から一歩退いて、自分自身を見返すことをしなければ、本当に大切なものを見失って、まさにただ歯車の一つにようになって、ただただ時代の流れに流されて動いていくだけの者になってしまうのかもしれません。ときにわたしたちには、この歯車を狂わせることが必要なのだと思うのです。
★イエス様が人々のただ中に現れておこなったのは、ある意味で、社会の歯車を狂わせることでした。人間みんなが目の前に見えることだけを追い求める中で、隙間のない歯車のように組み合わせられていきます。やがて、人間は神様から祝福されたいのちを与えられて生きている存在だということが忘れられて、歯車として噛み合わずに役に立たない人間は、壊れた道具のようにうち捨てられてしまいます。歯車が狂うと、隙間が生まれます。その隙間から、わたしたちにとって本当に大切なものは何かということが見えてくるのです。わたしたちは命を与えられて生きている者だ、ということ、どの人間も、愛されて、命を与えられ、その命に注がれる愛おしみは、人がいのちを終えてもなお続くものなのだということ。
★歯車の間に隙間を作りなさい、というのがイエス様が人々に呼びかけたことでした。そのために、わたしたちは「くるしゅう(週)ごとに」集まり、礼拝をやっているのではないでしょうか。それを忘れると、礼拝もおそらくはいつのまにかぎっちりと噛み合わせられた歯車の一つとなってしまうでしょう。神様を賛美し、祈りを合わせ、聖書の言葉に耳を傾けるこの時を、イエス様が作りだした歯車の隙間から響いてくる、わたしたちにとって本当に大切な声と言葉を受けとめる時として、大事にしていきたいと思うのです。
by oji-church | 2016-05-18 11:31 | 牧師からのメッセ-ジ