日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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5月1日の週報コラム「ひだり手」

命の尊厳を願う

〈イエスが、「何をしてほしいのか」と言われると、二人は言った。「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」。……イエスは、「何をしてほしいのか」と言われた。盲人は「先生、目が見えるようになりたいのです」と言った〉(マルコによる福音書10章36~51節)

★願い事をするという点では、二人の弟子たちと盲人バルティマイの間に違いはありません。でも一方に対してイエス様は「あなたがたは自分が何を願っているのか、分かっていない」とたしなめ、他方に対しては「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」と言って励まし、祝福します。いったい何が違うのか。
★わたしたちはみんな、命を与えられてここに生きています。それは限りある命で、この世界全体から見れば、一つ一つは小さな命に過ぎませんが、しかし、一つひとつの命には尊さ、尊厳が与えられています。イエス様が「空の鳥を見なさい。あなたがたは鳥よりも価値があるものではないか。野の花を見なさい。あなたがたはなおさらではないか」と言われたようにです。けれどもわたしたち人間は時に、この命一つに与えられた尊厳以上のものを求めようとします。それは、権力、財力、社会的地位、軍事力等々。弟子たちが求めたのは、そのような人間の命一つひとつに与えられた尊厳以上のものでした。
★一方、バルティマイが求めたのは、自分の命に与えられているはずの尊さそのものでした。目が見えないことによって、人間以下のもののように貶められ、道端に放り出されていたバルティマイは、自分の命一つの尊厳を求めて、たとえ叱られ遠ざけられようとしても、声を挙げ続け、叫び続けた。頑張ったのです。それに応えてイエス様は「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」と語りかけて彼を励まし、祝福して、彼の命の尊さ、尊厳を救い出したのでした。
by oji-church | 2016-05-04 15:45 | 牧師からのメッセ-ジ