日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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2月21日の週報コラム「ひだり手」

「あの人よりマシ」と思うときには

〈キリストは神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした〉(フィリピの信徒への手紙2章6~8節)

★イエス様が人間となり、十字架にかけられて殺されるという、ひどく無力で惨めな死に到るまで、人間として生きることを止めずに生き通されたことを、神様はよしとされたということです。
★わたしたちだって、ここにいる誰もが「自分は人間だ」と思っているでしょう。でも、実はしばしばわたしたちは「あの人よりかは自分はマシな人間」「見所のある人間」と思ったりしています。わたしたちが「あの人よりかはマシな人間」と自分のことを思う時、わたしたちは、その「あの人」のことも確かに人間だと思っています。でもそれよりも「マシな人間」としての「わたし」というのは、もしかして「人間としての『あの人』」よりも一段上にのぼっていやしないだろうか。その時、はたしてわたしたちは自分のことを本当に「人間」と思っているだろうか。わたしたちは、実はまだまだ「人間になる」ということを十分にはやり遂げていない、マスターしていないというのが、ここでパウロが語っていることなのではないかと思うのです。
★わたしたちが自分の弱さを背負って、失敗や挫折や間違いや恥ずかしいことを重ねながら、それでも「人間になる」ということを大事にして、人間として生きていくとき、必ず「人間になり、人間として生きた」イエス様が、目には見えなくてもわたしたちと共におられ、わたしたちのことを分かっていてくれる。だから、「喜びなさい。喜びなさい」というのが、パウロがこの手紙を通じて呼びかけていることです。
by oji-church | 2016-02-24 10:20 | 牧師からのメッセ-ジ