日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

礼拝予定などをお知らせします。まだまだひよっこのブログですが、コメントを残していただけるとうれしいです。


by oji-church
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

12月27日の週報コラム「ひだり手」

クリスマスの晩に始まったこと

★イブのキャンドルサービスでは、ベルトルト・ブレヒトの「マリア」という詩を読みました。

初めての出産は凍てつく夜。
でも、あとになってマリアは忘れてしまった
痛みの中でで見上げた天井の梁におりた霜も
かまどの煙も
後産の苦しさも
けれども、もっとすっかり忘れてしまったこと
それは、貧しさゆえに、一人きりになれなかった恥ずかしさ。
それだからこそ、のちにこのことを記念する宴に
あらゆるものが集うことがゆるされた。
羊飼いたちの荒っぽい話し声は静まり
彼らは物語のあとのほうで王になった。
冷たい風は天使の歌に変わり
霜が入りこんだ屋根の穴からは、一つ星だけがこちらを見ていた。
こうしたことすべての源は彼女の息子。
息子はやさしい顔で、
歌を愛し、
貧しい者を自分のもとに招いた人。
王たちと共に座し、
夜は頭上に一つ星を仰ぐ、
そんな習慣をもっていた人。
(D・ゼレ、L・ショットロフ『ナザレの人イエス』より)

クリスマスの祝いにあらゆるものが招かれるのは、マリアさんがイエス様が生まれた晩の寒さも、貧しさのために一人きりになれなかった恥ずかしさも忘れてしまったおかげ。そしてそれは、王たちと座しながら、貧しい人を招き、頭上に一つ星を仰ぐ習慣を持っていた彼女の息子のおかげ。
★クリスマスの出来事は、凍てつく寒さの夜、貧しさのなかで起こりました。でもこの晩始まった出来事は、いまも続いていて、わたしたちに、この世界に生きることの厳しさを乗り越えて、希望を持ち続ける力を与えてくれます。だから、わたしたちはこのクリスマスの晩から、また新たに、この世界の厳しさの中で生きている人と出会い、共に希望を見つけ出す歩みへと踏み出していきます。
by oji-church | 2015-12-29 09:11 | 牧師からのメッセ-ジ