日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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11月22日の週報コラム「ひだり手」

生きている人も亡くなった人も

★聖書にこんな場面があります。「復活はないと言っているサドカイ派の人々」がイエス様のところに来て、イエス様にこんな質問を投げかけます。律法の掟には「ある人の兄が死に、妻を後に残して子がない場合、その弟は兄嫁と結婚して、兄の跡継ぎをもうけねばならない」と書かれているが、ある所に七人の兄弟がいて長男が妻を迎えたが、跡継ぎを残さないで死んだ。次男から七男まで、皆がその女を妻にしたが、跡継ぎを残さずに死んだ。さて、復活する時にその女は誰の妻になるのでしょうか、と。恐らく、このように夫の家の都合に従って、自分の意志を守ることも許されず、翻弄される生涯の末に亡くなった女性は当時、数知れずいたことでしょう。そうした女性の痛切な境遇を「話のダシ」にする人々に対してイエス様は怒りを込めて言います。「あなたたちは聖書も神の力も知らないからそんな思い違いをしているのではないか。死者の中から復活するときには、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ」と。さらにこうも。「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ」。亡くなった人も、今生きている人も区別なく、皆神様によってなお生かされているのだということです。亡くなった人、今生きている人の区別なく、与えられた命を喜んで生き生きと生きることこそが、神様が求め、望んでいることなのだと。
★そんなイエス様が、十字架に釘打たれ、見世物にされて殺されるという、無残極まりない死に方をします。しかし三日目に、傷ついた姿のままで復活し、弟子たちの前に現れる。弟子たちはイエス様が逮捕される時、イエス様を見捨てて逃げ去ってしまっていました。それでもイエス様はそんな弟子たちの前に、傷ついた姿で現れて、弟子たちを怨むのではなく、ニッコリ笑って「あなたがたに平和があるように」と告げたのです。この時弟子たちは、自分たちが、不思議にも、イエス様によって赦されていると感じたのではないか。そうしてまた、招かれている、とも。どこへ招かれているか。イエス様が語った通り、生きてる人と、すでに亡くなった人との区別なく、神様が、すべての生きているもの・生きたもののために、与えられた命を喜んで生きることを求め、望んでおられる世界へと、です。弟子たちは、この新しい世界を宣べ伝えるべく出かけていったのです。それがキリスト教の始まりでした。
by oji-church | 2015-11-26 10:47 | 牧師からのメッセ-ジ