日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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11月1日の週報コラム「ひだり手」

 「人権」とは、心を感じること

★今年7月東京教区の「部落解放祈りの日」集会に、ピアニストの崔善愛(チェ・ソンエ)さんをお招きしてお話を伺いました。善愛さんのお父様は九州の小倉で在日大韓教会の牧師をされていて、在日韓国・朝鮮人の人たちの人権のために多岐にわたって活躍された方でした。かつて日本の入国管理制度では、在日韓国・朝鮮の人たちは、外国人登録のために毎年指紋を提出することが義務づけられていました。それは、在日韓国・朝鮮の人たちを犯罪者予備軍と見なし、その人たちの人間性・人間としての尊厳を奪うものです。これに反対をして80年代在日韓国・朝鮮の方たちは、指紋押捺拒否の運動を始めます。善愛さんも指紋押捺を拒否して外国人登録法違反で起訴され、何度も有罪の判決を言い渡されました。そのために善愛さんは(善愛さんに限らず、指紋押捺を拒否した在日の方々はいずれも)、一旦日本を出れば日本での永住権を剥奪され、再入国不許可となると言い渡されます。善愛さんは日本に生まれ育ったにもかかわらずです。それでも善愛さんはピアノを学ぶためにアメリカに留学します。善愛さんは裁判を起こしますが、その裁判も敗れてしまいます。このことは国会でも問題となり、最終的には法務大臣が善愛さんに謝罪し、入国管理法が変えられて指紋押捺の義務はなくなり、善愛さんは再び永住権を手にすることになりました(2007年からはまた入管法が改定され、日本に入国する外国人は指紋を提出することが義務づけられるようになりました)。そんな日本の社会は、やはり自分のかたわらに、自分とは違う人が命と、そして心を持って生きているということ、そのことの尊さを忘れてしまっている社会と言わざるを得ません。
★この崔善愛さんが語っておられることが深く胸に響いています。こんな言葉です。「人権とは、手にとることも、目で見ることもできません。人権とは、他の人の心を読み取り、感じ取ることだと思っています」。「人権」と言うと、カタイこと、ムズカシイことのように感じられるかもしれませんが、それは、自分のかたわらに、自分とは違う人が命と、そして心を持って生きているということ、そのことの尊さを大切にし、それを感じ取り、読み取って、お互いに大切にし合って生きていくことなのだということです。
by oji-church | 2015-11-04 16:26 | 牧師からのメッセ-ジ