日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

礼拝予定などをお知らせします。まだまだひよっこのブログですが、コメントを残していただけるとうれしいです。


by oji-church
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

10月25日の週報コラム「ひだり手」

「一億総活躍」?

★国の指導者が「一億総○○」という時には注意をしなければなりません。国の指導者にとっての「活躍」とは、その人に都合のいい「活躍」でなければなりません。安保法制に反対するデモにいくら「活躍」したところで、それは国の指導者にとっては決して「活躍」とは見なされないことでしょう。国の指導者にとって都合の悪い「活躍」は活躍と見なされず、かえって「役立たず」と見なされ、切り離され、うち捨てられることになります。しかし人が人として生きていることの意味や意義は、ただ一国の指導者が決めることではありません。人が活躍しているかどうかは、その人自身が決めればいいことです。「余計なお世話だ」と言いたくなります。
★いま、わたしたちの生きている世界では、国同士の競い合いが熾烈さを極めつつあります。それで国は、わたしたちに向かって「一億総活躍」などと訴えて、わたしたちを国にとって都合のいい「活躍」へと追い立てようしています。そういう「活躍」の出来ない人たちを「役立たず」として、切り捨て、うち捨てようとしてます。このような「競争」に追い立てられる社会の中で、わたしたちが失っていくものがあります。それは、命そのものの尊さ、生きていることそのものの価高さとでもいうものです。
★自分のかたわらに、自分とは違う人が命と、そして心を持って生きているということ、そのことの尊さというもの。それが競争に追い立てられる社会の中では、見失われていってしまうのです。わたしたちそれぞれがそれぞれに、命と、そして心を持って生きているからこそ、わたしたちが互いに慰め合ったり、励まし合ったり、悲しみを分かち合ったり、喜びを共にしたりすることができます。そのことの価値を、わたしたちは競争に追い立てられる社会の中で、だいぶ忘れてしまっているかもしれません。命も心も目に見えないものですから。
by oji-church | 2015-10-30 13:48 | 牧師からのメッセ-ジ