日本キリスト教団王子教会 ojichurch.exblog.jp

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10月11日の週報コラム「ひだり手」

「人生の振り子」と「希望」(2)

〈霊は息子を殺そうとして、何度も火の中や水の中に投げ込みました。おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助けください。」イエスは言われた。「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる。」その子の父親はすぐに叫んだ。「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」〉(マルコによる福音書9章22~24節)
★(承前)安保関連法案の参議院採決に反対するデモの中で、若い大学生のこんな言葉が静かに語っていたとても心に響いています。「仮に法案が成立しても、終わりではありません。成立したら(抗議行動は)おさまると思っているようですが、すでに新しいうねりが起きています」。新約聖書でパウロは「信仰と希望と愛、この三つはいつまでも残る」と語っています。また宗教改革を行ったルターはこんな言葉を残しています。「たとえ明日世界が滅びるとしても、わたしは今日リンゴの木を植える」と。
★子どもが悪霊に取りつかれ、火の中や水の中を転げ回る、親としては苦しみの極みのような絶望的な状況の中で、お父さんはイエス様に懇願します。「おできになるなら、わたしどもを憐れんでお助けください」。するとイエス様は言われます。「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる」。びっくりしたお父さんが思わず叫びます。「信じます。信仰のないわたしをお助けください」。お父さんは「信じます」と叫ぶけれども、また「信仰のないわたし」とも言います。このお父さんは果たして信仰があるのか無いのか。でも「信じます」と叫びながら「信仰のないわたし」とも叫ぶこのお父さんの姿は、何だかわたし自身を見るような気もするのです。どんなに絶望的な状況の先にも希望があると呼びかける神様を信じ切ることができないわたし、でも、その神様を信じることによってしか前に進むことができないわたしです。イエス様が叫ぶ「信じる者には何でもできる」という叫びは、どんなに絶望的な状況にあってもその先になお希望があることを、力強く証ししています。(つづく)
by oji-church | 2015-10-14 14:51 | 牧師からのメッセ-ジ